2019年1月23日 (水)

ジャワ横断高速の料金

21日よりジャワ島横断高速が全線開通し公団ジャサマルガが料金を設定したと言う報道でデティックコムの内容は以下の通りであった。
1. Pemalang (Sewaka)-Batang (Pasekaran) Rp 39.000
-Segmen Pemalang IC-Pasekaran Rp 34.000
2. Batang-Semarang (Kalikangkung) Rp 75.000
3. Semarang (Banyumanik)-Solo (Kartasura) Rp 65.500*
-Segmen Salatiga-Kartasura Rp 32.500*
4. Ngawi (Klitik)-Kertosono Rp 88.000
5. Kertosono-Mojokerto Rp 46.000
6. Gempol-Pasuruan (Grati) Rp 36.000
-Segmen Pasuruan-Grati Rp 13.500
7. Porong-Gempol Rp 9.000
NNAも一番高い区間はチコポ~パリマナンでRp102,000、或いはグンポル―スラバヤでRp4,500 とまちまちで20区間がリストされている。今回開通で新料金が設定されたのは上記の1とか2で多くは順次、開通していたが無料だとか旧システムであったものである。一番わかりがいいのがCNBCの次の写真である。


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小生も以前ジャカルタの高速網論文風を書いたが、ジャカルタ近辺の料金は殆どが格安で且つ一律が多く自信が持てなかったのでここでトランスジャワを使って料金の解説(知る処)をしてみよう。とりあえずメラックから始めそれぞれの区間でフルにつないでいったケースで到着地でその間のフル料金を記載する。(記載は省略)
但し料金システムにはterbukaとtertutupがありbukaは一律で乗り入れ時支払うものでtutupは乗ったGTから通り過ぎた区間を計算し降りたGTの区間で、定められた料金マトリック表により清算し支払うもので、これらのシステムの全体印象は都心は一律で格安だが遠距離は距離により高い感じである。1km当たりの料金は利用者の採算感覚から基本はアバウトRp800程度で設定されているようだ。
報道ではジャカルタからスラバヤまでの料金はRp660,500だそうだ。又メラックからバニュワンギまでは1138kmだそうだが、Pasuruanからは未開通である。
小生が計算するとJKT-SBYは675,500であり、距離は1,130㎞(JKT-SBYは763km)となる。
JKTとスマランの市内の内環道路の扱い方次第である。


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2019年1月17日 (木)

スマランのコタ・トゥア

バタヴィアのコタ・トゥアは世界遺産の推薦から却下されたが、次は2020年のスマラン市が提案されている。 
スマランはコタ・トウア(古都市)とも言う場面はあるがコタ・ラマ(旧都市)が正しい。そしてそれをGoogleで検索するとLetjn. Suprapto通りの周りに多くの商店・レスト・銀行・図書館・その他多くの建物がマークされる。その中心は昔ブログにもしたGreja Blenduk (ブレンドゥク教会)http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/bpjs-758c.htmlとその裏側辺りである。
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そこはスマラン第一のスポットLawang Sewuのある青年の塔のサークルからやって来るPemuda通りとImam Bonjol通りが合流し運河を渡る橋(Jembatan Berokオランダ時代の橋)から始まる。渡ってまっすぐ行くのがSuprapto通りで右折れはSendowo通りで左折はEmp Tantular通りでSendowo通りのPTPN社の建物(写真の右端)やBatik Centerについてもブログした。
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あの当時教会裏の地区は大掛かりな美装工事をやっている最中であったが今は完成した町並みである。そして地図にはBlendukの教会名はなくProtestantの西ジャワ教会とそっけなくなっていた。またその前の小さな公園はSrigunting Parksと言う名前である。更に地図では当時無名の建物が今やこのKota Lama Semarangの代表格となっているようだ。
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一つはMataba Kota Lama Semarangと言うが多分結婚式などにも利用できる建物ではないだろか。
又Sendowo通りではあるが昔WikipediaのKota Lamaの代表写真になっていたPTPN XV(ブログ済)の横のSuprapto通り角の建物はKantor Phapros Kota Lama Semarangと言う名前の綺麗な建物となっている。PT RNIのグループ会社が入居する際にリノベしたのであろうか
ジャカルタのコタ・トゥアが世界遺産に落ちたニュースは先日淡々と書いたが日本語のネットで確認するとこのニュースは出ていない。インドマルコの2018年の1年間の日本語ニュースを「コタ」をキーに検索するとコタ・ジャバベカなどKotaを普通名詞のTown或いは独立都市ニュータウンの意味に使われたものしか出てこない。
スマランのコタ・ラマの世界遺産提案はジャカルタと同じ運命にならないことを祈っている。


追:上記 MatabaはGoogle Mapからの名前であるが、Situs Budayaさんの写真ではMarbaとなっている。
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2019年1月16日 (水)

記憶力・維持力・感激力


今日、昔長くお世話になった会社から傘寿の記念品が贈られてきた。いつまでも社友として扱ってくれる会社に感激している。傘寿とは数えでカウントするので実際の感覚より早くやってきたわけだが、実際の体力はごまかせない。体力・気力・記憶力のどれもが大切だが、最近は記憶力減退に自分ながら驚くことが多い。もともと人の名前やエピソードの維持力がなく恥を掻いていたが、
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この間「世界の中心で愛を叫ぶ」という言葉に出会い何かなと調べると映画らしいが、筋書きを読んでもかすかな記憶はあるが、なぜ出会ったのか解らずじまいだった。正月休みが開けて図書館がオープンになり読んだ本を返却しようとしたら書斎の机の上においてあった本がなんとその「世界の中心で愛を叫ぶ」だった。年末図書館から借りた本を未だ返却期限の3週間もたってないうちに忘却に消えていたことに驚いた訳です。そんな訳で今一度散歩に出た時に公園で飛ばし読みして分かった事はこの本は小生の先輩にもなる九大卒の作家片山恭一が2001年に著作、2004年には映画化、長澤まさみがブームになったきっかけでもあるが図書館の大活字本で3分冊の1冊目だけだった、つまり1/3しか読んでなかったことが筋書きの記憶もなくなった理由だなと思うことにした。しかし今更ながら更に明らかにすると記憶力とは維持力である。それは読書だけでは得られない生の感激の深さなのであろう。

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2019年1月15日 (火)

ふるさと伝承館


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近くにふるさと博物館的なものが出来たと言うのでブラブラ探しに行った。あの行徳街道の行徳駅の近くの押切で聞いたが住民らしき人は知らないという、そのままその街道をかなり下って常夜灯のある本行得迄来ると左手にらしい建物を見つけた。正面からの写真を撮り忘れたので記念館になる前の昔の写真を掲げておこう。


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正式には行徳ふれあい伝承館というもので彫刻師、浅子周慶が室町時代1333年だったか神輿造りを始めたというもので代々受け継いで来たものである。
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母屋の前の道を渡る正面にあるのが工場で、今は甘いもの等供するお休みどころとなっている。
行徳街道は狭いので危ないが自動車は少ないのですぐ渡れる。行徳は塩の街と共に神輿の街でこの浅子家とあと現在も続けている中台製作所が有名である。
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町では3年一度の大祭で5ケ町衆が神輿の競演をやっている。昨年もやったそうだから小生が見たのは6年前の方であったのであろう。念の為アルバムを見ると2014年であって記憶違いなのか 


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そして2004年には隣町の浦安の祭りの神輿を見ると豊受神社の名前とデザインの共通性があったが、追いかけ廻しはここまでとする。

日本の海外からの観光を支えているのはこうした国民の一人一人の力なのである。


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2019年1月14日 (月)

コタ・トゥア 世界遺産

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コタ・トゥアとは古都市であるが、ジャカルタでコタと言えば北部の華人が多く住む地区一帯を言うが、更にその中でもファタヒラー広場やカリブサール(大運河)を中心としたオランダ植民地時代の建物が多く残る地区を特にコタ・トゥアと言う。バタヴィア城を囲む一帯でコタ・インタン(ダイヤモンドの街)とも言われたが、その賑わいが徐々に拡大北上し汚染が進んだので新しいバタビアの中心を南に移し現在の独立広場を中心とする新都心ウェルトフレーデンに移したのが1808年のダーンデルス総督時代でバタヴィア城の城郭を取り壊し新都心建設に使ったという流れがあった。
特にカリブサール地区は長く放置されたが2010年頃からオランダの援助があったりで力が入ってきたがジャカルタの財政力が付いてきてからは少し行き過ぎの観光化が進んだようだ。カリブサールは韓国の運河埋め立てを真似したのか、大改造が行われたのが象徴である。建物の改装も保護から観光開発にポイントが移ったようで、その中でジャカルタベイ埋め立ての17新島計画も考慮されコタ・トゥアの世界遺産申請は昨年推薦を受けられなかった模様である。世界遺産への提案(申請)には沖の千の島(の内の4島)を含んでおり正式にはAge of Trade: Old Town of Jakarta (formerly Old Batavia) and Four Outlying Islands—Onrust, Kelor, Cipir and Bidadariであった。オランダVOC時代は日本を含む太平洋貿易ではバタヴィアは最大のボリュームを誇ったと言うAge of Tradeをポイントにしたが、ユネスコは特異性がないなどと評価したようで、アメリカの様に脱退したくなるような話である。
日本の長崎は世界遺産になっているがそれはバタヴィアあってこその話の筈である。少しポイントが変えて隠れキリシタンであるが。。。ひょっとするとコンサルタントを使えばよかったのかも知れないとふとよぎる。
写真はJakartapostより借用、Pontoonで掃除をしている。運河に降りている観光客は見当たらず。

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2019年1月12日 (土)

イントラコ・ペンタさん

重機販売イントラコ、今年の販売目標2 5 % 増というタイトルが目に入った。イントラコはボルボの販売代理店をやっている建設重機械の中堅であることは知っているがそれ以上は知らないので最近の業界の動きと共に情報を集めてみよう。イントラコは正式にはIntraco Penta Tbkと言い1970年設立の古い会社で創業は現在会長のHalex Halimで1993年に上場し次世代のPetrus Halimが社長或いは南加大のエリート娘さんが副会長をやっている。
業界全体の扱いは2012年の約8,000台をピークに2015は3500台に落ち込み16年17年は4,000台内外で低迷した中、イントラコも2017年は786台(2018年900台)で健闘したものの赤字を余儀なくされていた。2019年以降石炭価格の持ち直しと5年の購買サイクルに乗れるとみている。VOLVOの他にSDLG ブランド、或いは子会社を通じてBobcatやDoosanを扱う他、火力発電事業もある。こういう会社でも営業報告書など立派できっちり報告されており、役員一同青と緑が基調のバティックの正装には感じ入る所がある。
別を見ていたら茶色系のバティックもあり。少し手を入れて全部まとめたがアップしてもいいだろうか ぜひ営業報告書で拡大してみてほしい。

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2019年1月11日 (金)

ジョクジャ新空港はNYIA

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NNAが昨日「ジョクジャ新空港に3兆ルピア追加投資」と報じていたが、同時に予定ではこの4月に一部開港する予定だとのことである。 
”ジョグジャの空港はAdisutjipto空港で市内にあるので手狭、そこで新空港の建設が計画されたが新空港の場所はジョクジャ州の西端の寒村? Kulong Progoで市内まで56kmもあり1時間半近くかかる。この間隔の感覚は市内からソロまでの距離と殆ど同じであると思えばそのさまが解かる。地理的にはジョクジャとソロの間に適当な場所があれば両市から真ん中に20㎞台で共用の空港が出来るのであるが。。 ”とマイブログで書いていたが、既に開港までこぎつけていたのであることが解る。上記のNNAでは追加投資が今年3.5兆とか膨大で4月までに使いきれないだろう。とすると一部開通と言うのが曲者になる。

現地紙ではこの4月一部と言いながら国際航空が先に使用開始するとのことで開港waitingの3航空会社含め9社があるそうである。同時に空港の名前略称はNYIAになると言うのでニューヨークと間違いそうだ。これはNew Yogyakarta International Airportを単純に略したもので場所名Kulonprogoが付く。国際的になった村民もびっくりだろう。空港はどこも長い面倒なニックネームが付いているので面倒だ NRT やHNDと言うだけが便利なのだが。。
しかし今までJokjaなど間違いを含め書いていたが、これからはYogyaと書くことにしよう。
絵はSuara Pembaruan誌からである。

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2019年1月10日 (木)

Metlandの本当の力

何度か登場させたMetlandはPT Metropolitan Development (MD)を源とする。この会社の設立者はCiputra以下7人の事業家でこのブログでも出て来た: Ir. Ismail Sofyan, Ir. Budi Brasaliが居た。(彼らの次世代がMurdayaの所有することとなったポンドクインダーの役員か)がPT.MetropolitanDevelopmentは1983年?上場し子会社PT Metropolitan Landを設立したのが1994年である。

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我々に一番目に付くプロジェクトはCikampek高速傍に立ち上がったGrand Metropolitanであるが、実際はBekasi Barat料金所を出てすぐのKali Malang添いのNoer Ali 通りと繋がっており、

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そこは彼らの本拠地みたいにMal MetropolitanやHotel Horison Bekasi等が並んで開発されていたのである。写真には写ってないがここの高層オフイスビル M Gold Towerに本社構えている。
住宅地としてはKeppelの関連で既にこの12月30日と1月5日に紹介したThe Riviera at Puri(Tangerang)やMeltand Menteng(Cakung)があるが、その他にも

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Metland Cyber City、Metland Tambung、


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Metland Cibitung、Metland Puri、

Metland Transyogi(Cibubur)、Metland Cileungsiなど
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9ケ所がプロットされている。 こうした住宅地にはMalや Hotelも併設され、HotelはHorizonの他いくつかのブランドで各地に展開している。以上羅列すると簡単であるが、一つ一つの規模は、ご覧の通り、完成予想図なのか凄いものがある。


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2019年1月 8日 (火)

スカブミの観光資源 その2 ジオパーク

スカブミがインドネシアの観光経済特区に指定された報道が8月21日にあり、それでマイ・ブログで「スカブミの観光資源のその1」を8月31日に書いたのであったがその2を書くのは長く忘れていた。その1を書いたときはサラビンタナやリドゴルフ街道を書き、多分その2でトランプとCPグループのプロジェクトを予定していたのであるがその動きのニュースは一向に出てこなかった。 
Geoparkciletuhcurugcimarinjungwater
その時感じていたのは大昔泊まったことのあるプラブハンラトゥもあるし、その東南部は更に広く鬱蒼とした半島部分はRafting が有名だ。それに今Googleで見ると少し前に触れたCurug (Air Terjung)が無数にある。そして今ここはCiletuh Pelabuhan Ratu Geoparkとして、ユネスコの世界(グローバル)ジオパークに認定されていたのを知ったのであった。

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Ciletuhは国道3号線がタンジュン・レスンからプラブハンラトゥに入って来る直前の港湾・ビーチ地区である。この自然公園は上に述べたCurugが散在(Cangkuang、Cikaso、Caweni、Cigangsa、Sodong、Awang、Sawer...)する広大な山地をふくむものである。ジオパークとは地球科学的な価値を持つ遺産で地球公園とも言われる自然保全公園でインドネシアには下記の4つが世界ジオパークとなっている。
Batur UNESCO Global Geopark
Gunung Sewu UNESCO Global Geopark
Ciletuh - Palabuhanratu aspiring UNESCO Global Geopark
Rinjani-Lombok UNESCO Global Geopark
日本も阿寒・阿蘇・伊豆など9つあるが、ドイツ12、イタリア8、フランス7、英6個などで中国は飛びぬけて37個もあるがあとは韓国3とか殆ど1ケ所程度であるが米国は不参加かも知れない。
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この地区には今やホテルも50ケ所以上あるが、昔泊まったというホテルは日本の戦後賠償で建てたホテルでサムデラ・ビーチホテルで今もあるものの殆どぎりぎりで立っているのであろうか。GoogleではGrand Inn Samudera Beachとして思い出のプールも写っている立派な写真があった。ここはあの不気味な気持ちになる伝説の南海の女王ニ・ロロ・キドゥル用の部屋がある。

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2019年1月 5日 (土)

1st Keppel Land/Metlandと Garden City

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KeppelとMetlandのタイアップは2回目とあったので1回目が気になったが、ニュースではタンゲランのThe Riviera at Puriというものであった。最初の提携物件Keppelのペイジで確認して見ることにした。
Kepplelandの物件は過去も洗っているがhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-9e2a.html、不審の点もあったからだ。 ホームペイジにはまず住宅で2件、一つは確かにMetlandとのタイアップのThe Riviera at Puriと言う住宅地でタンゲランである。ここは高速のGT(料金所)で言えばKarang Tengah Baratに近くMetland Cyber City, Tangerang などの副称もある。
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二つ目はThe Crestという西ジャカルタの上の物件に言うPuri Indahにある高層アパートで副称がWest Vista at PuriとCROWN OF THE WESTなどと言う。名称に思い切りがなく明確さを欠くようだ。Puriとあるが実際はPuriの北のGTで言えばRawa Buayaである。

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後はスディルマンのInternational Financial Centreくらいでこれらは昔(2014年)紹介した通りであるがGarden Cityは触れられてない。別のニュース・ソースで解ったことだが、Keppelは2013年にこのGarden City物件を売却しているのだ。それによるとKeppelは元々Modernlandと51:49で2004年から開発してきたようでその51%をModernに約2.2兆ルピアで売却したということだった。それまでに既に93%の1,287戸は売却した後であり、シンガポールの企業の素早さが解る。

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2019年1月 4日 (金)

徳願寺の仁王様

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正月は近くの寺社に初詣に回ったがここ行徳は33寺社巡りが出来るほど寺社が隣接しており、その一番札の徳願寺の後、小1時間で豊受神社、春日神社も廻って見た。

2019年でジャカルタを立ってからいつの間にか足掛け3年になってしまい、ことほど左様に月日の経つのは早く、この年月の日常に流され人生の課題を先送りした反省をしつつの参拝であった。いつもは行き過ぎる山門にたつ仁王様の像は殊に感じ入りました。
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しかしふと考えると仁王様については知る所が少ないが、仏様としては菩薩の下の明王の下の天部の一つと言う4ランク目の仏様らしい。金剛力士とも言われ例の阿吽の形相の一対の像で写真は右手の吽形の像である。
今年一年、仁王様の叱咤をうけて過ごしたいと思ってます。

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2019年1月 1日 (火)

平成最後の年賀状

「2019.doc」をダウンロード

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2018年12月31日 (月)

2018年インドネシア重大ニュース

報道されたNNA社の重大ニュースは経済と災害に揺れた1年と総括する以下のようなことが起こった。
 【第1位】通貨安進行、経済の安定優先で規制推進
 【第2位】相次ぐ天災、死者は2千人以上
 【第3位】来年の大統領選、前回選挙と同じ構図に
 【第4位】日本路線、ガルーダは名古屋就航
 【第5位】産業政策の道筋示す、経済成長を促進
 【第6位】アジア大会開催、インフラも拡充
 【第7位】ライオンエア墜落、犠牲者189 人
 【第8位】鉄道インフラの整備加速、初のLRTも開業
 【第9位】首都圏の交通規制を拡大、渋滞緩和対策
 【第10 位】チカラン日本人学校、建設開始
 【番外編】国交樹立60 周年、日イ記念事業も

小生の藪にらみ印象では以下の様にまとめてみた。
1. 巨大産業経済ニュースが賑わす:オマーン製油所100億ドル、バリクパパン製油所増強40億ドル、ロッテ石    化40億、河北鋼鉄工場建設$25億、住金ニッケル18億、アジア・パシ・レーヨン 11億、ドコモ
2. 高速道路網整備進む:ジャワ横断ジャカルタ―スラバヤ完成、首都外環1完成&
    外環IIも進展、DESAR、BOCOMI、Padan-Pekanbaru等々でも各地開通
3. 日系の不動産投資ラッシュはニュータウン住環境整備に貢献か、物件数は驚異の30件内外(2018年は10
    件)TOD案件JOINも参加、明細などマイ・ブログ参照。
    日本資金で物流大プロジェクト進展:インドネシア地下鉄開通、MRT第2工区の円借決定、パティンバン港     建設受注、パティンバン港アクセス道路受注
4. 韓国勢い $62億経協、現代SUV生産、斗山火力、現代EGディ工場 地震見舞一番乗り韓国投資証券、上    述製油所・石化事業、ジャワ北高速に借款意欲、 日韓戦はここか
5. 中国一帯一路、新幹線は土地収用で遅れだが、リアウ諸島大開発、バタム~ビンタン架橋、経済特区、港    湾・空港近代化、バタムLRT建設計画、アリババ・ラザタ買収40億ドルに、アリババ・クラウド・センター稼      働。現地エムテックとアリペイ電子マネーアプリ「ダナ」発表、グンティン・エネルギー+中国企業ビントゥニ    湾石化工業団地、BI北京進出も
6. 自動車・2輪車国内販売、生きてた2輪車、 輸出も
7. 中央~地方政府結ぶ統合オンライン許認可システム(OSS)他で、投資許認可、入管システム、納税管理     他オンライン化完成域
8. 貿易赤字・対外債務拡大、ルピア不安 とその経済対策:関税・PPh22対策、ルピア金利7回引き揚げ
9. 天災と人災:スラウエシ津波2,000強、ロンボク地震555人越え、アグンやアナク・クラカタウ火山噴火、スン     ダ津波500名、ライオン墜落189名全員、トバ湖で船転覆、200人越えか
10. テロ・社会不安の根は消えず:スラバヤ・教会テロ(14人死亡)、拘置所暴徒化・住民自爆・車両仕掛け爆弾・    銃撃戦等々続発で30名内外死亡、宗教的不寛容も進む 212大会、マイノリティLGBT、小児ワクチンハラ     ル、強姦殺人にも。
11. アジア大会。団結成功で自信、2032年夏季オリンピックへ。観光に力、観光特区。 コタトゥア整備でジャカ    ルタも観光都市 伸び率世界3位 
以上漏れなどの添削未済のまま。
Jakarta Now always on the Youtube
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2018年12月30日 (日)

2nd Keppel Land/Metlandと2ndイオン

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イオンが2番目の店をオープンしたのは東ジャカルタ、チャクン地区のGarden Cityでそこはシンガポールの大手不動産開発会社のKeppelがやっていたのは記憶にある。最近のニュースで “Keppel Land, Metland in second tie-up for Jakarta residential project” と言うものがあり気になったがソースはshareinvestor.comの12/18付けであったが有料ペイジであった。独占ニュースでもなさそうなので他所を当たると、ちゃんと出ていたので、ここにアップするわけだが今度のプロジェクト内容は東ジャカルタのMetland Menteng地区の12haの住宅開発とある。
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イオンの建築した土地と同地区なので2番煎じニュースではないかと腑に落ちない。イオンについてのマイブログは2014年6月16日「イオン ガーデン・シティ」http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f13b.htmlでそれは確かにKeppelがやっていたものであるがその時、KeppelのGarden CityとMetlandのMetland Mentengが、同じところに大広告板を建てていたので既に提携していたものとばかり思っていたからだ。実際はこの二つは隣あっておりこの近さが今回の提携の話として結実したもののようだ。
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場所を確認するとCakung TimurのGarden Cityは東に一つ筋を移せばそこがMetland MentengでBekasiとなる。更に隣は既にブログしたKota Harapan Indahhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/harapanindah-ed.htmlという2,500haのタウンシップがある。この3社の間はホンの2㎞程度でイオンの後背地は大消費市場の住宅地なのであった。だからショッピングモールもCarrfourもGiantもあり競争も激化してい居る。
今日は年末つごもりであるが日イ星登場と言うことで勘弁願う。

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現代企業・人物フーズフー | | コメント (0)

2018年12月25日 (火)

東急不動産の案件 その2 ブランズ

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昨日に続き3番目(グループとしては12件目か)

3. タンゲラン/セルポン、BSD BRANZ、タワーマンショ3棟(1,256戸)、三菱商事と
共同、全体で5.3ha、3,000戸の第1期分、上棟販売中、2017年8月14日に「日系建設の槌音高し」でブログ済 インドネシアのブランズ第1号物件
管理業務は、東急コミュニティーなどが設立した東急プロパティマネジメントインドネシアが行う。日系不動産開発会社が現地で分譲物件の管理を行うのは初めてという。


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 4 ジャカルタ南部シマトパン、Branz Simatupang、マンション2棟総戸数381戸、
敷地約1.5ha、インドネシアで初めて開発・設計・施工すべてを日系企業で推進
する分譲マンション事業、大林組が施工


Megakuningan
5. ジャカルタ中心クニンガン、複合施設メガクニンガン・プロジェクト、マンションの分譲棟は45 階建て(総戸数は482 戸)と賃貸棟は32 階建て(240 戸)の2棟、敷地は1.1ha、商業施設は2フロアで、延べ床面積は3,000 平方メートル、11 店と入居者利便性を考慮した小ぶり。マンションは2019年1月からの販売の為マーケテイングギャラリーをオープン、来年に着工、全体は2022 年に完工予定。
   総事業費は約200 億円で日本の海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)から
最大65億円の出資。
場所はMega KeninganであるからSatrio通りからもR.Said通りからもいけるが日本人は行ったことがないであろう。それよりもGatot Subroto通りの新築ビルCentinnel横の有名なモスクBaitul Mughuni横のGuru Mughuni通りに入り少し行くとPerintis通りの角地にでる。現在こんな所に150x200メートルもの空き地があったとは驚きである。よく探したものだ。Joinが便利な交通便を作ってくれるのだろうか


Botanical
6. 西ジャカルタ・プリ地区プリボタニカル、Branz Puri Botanical Apartemen、35階建 て2 棟計608戸・敷地1.14ha、3件目のBranz、販売開始したばかり、22 年の引き渡しを予定、当初は住商と共同発表、PuribotanicalはJORR沿いのJoglo地区(Meruya。Kebon Jerukの南部)で1-1のパートナーであるJDC保有の住宅開発地のCopylasと同じと思われる。


*現地メディアのスペル誤り集

Branz Puri Botanical Apartemen Terbaru Jakarta Barat by Tokyo Land
Developer: Tokyo Land Indonesia
Management: Tokyo Property Management Indonesia (subsidiary Tokyo Community Corporation, yang merupakan No.1 perusahaan property management di Jepang,


東急不動産のサイトからの写真を借用したが、こうして全てを見るとTokyo LandからJakarta Landと改名するのかなと思う。
しかしこうしてはいられない。土曜日の突然の火山性津波で犠牲となられた方に哀悼を捧げたい。
RIP for the victims Tsunami Sunda Strait


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2018年12月24日 (月)

季節のご挨拶

my season's greetings to you. I hope the new year will be full of success and happiness for you and your famil


季節のご挨拶を申し上げます。皆様にとって成功と幸福に満ちた新年になりますように祈っております。

” こぞの凶 返してけふの吉のふだ ”


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2018年のアジア大会はスカルノ時代の1962年のスタジアムを少し手を入れて開催、インドネシアは中韓日に
次ぐ金を得て自信を確たるものとした。 このあと、2032年の国際オリンピックには手を挙げている。

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民間は華人を中心に土地を求めて海上に迄、ニュータウン建設に邁進、年間25cmもの海水上昇には防潮堤
を信じつつ、 写真はインチランドのRegatta隊の雄姿。 


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ジャカルタベイに建設される13もの人口島をつなぐ防潮堤の最先端はかくのごとく高速と列車が走る。地球温暖化防止に水を差す輩はとこにもいるものだが、河川水と海水は常時ポンプで浄化。


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都心では最大の交通の要綱のインターチェンジでは巨大な円形空中コリドーが森ビルにより寄贈され今やジャカルタは高速が4重~5重の環状で包み、鉄道KRL。MRT、LRT、BRTが網掛けるようになる。
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スハルト時代からのコタマンディリ(独立都市)建設は6,000Ha(パリ市の半分の規模)を筆頭にもう30ケ所、
郊外型イオンモールも5ケ所へ。(写真はセンツール)


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都心の夜は曾っての産油国の誇りで12色に輝きわびさびはない。いつの間にか様変わりの幻影の中、ここはどかと見間違う。                                                            


お陰様で目出度く傘寿を迎えることができそうです。平成を最後に賀状はネットに致したいと思います。西見恭平

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2018年12月22日 (土)

東急不動産の案件 その1

つい先日 NNAの報道で、「東急不動産の分譲マンション、来年1月販売」のタイトルで販売用マーケティングギャラリーのお披露目をした話を知った。日系の不動産開発案件は目白押しでもう7ケ月も前の5月に「最近の日系不動産の動き」でまとめたことがあるが、中心はJOINが参画する案件でそれも郊外型TODとしたので、インドネシア進出の日系不動産としては最大の東急不動産は漏れてしまった。再度手始めに行単位の関連ニュースを拾うと以下の通り多数あり若干混乱する。
2018
12/18:東急不動産の分譲マンション、来年1月販売
10/31:東急不動産、西ジャカルタでも「ブランズ」建設へ、35階建て2棟計608戸。
08/01:東急不動産、ブランズBSD第1期完成。
03/19:東急不動産、住商らと西ジャカルタでマンション2棟建設へ。
2017
12/22:東急不動産、JOINとジャカルタクニンガンでマンション+商業施設開発
11/30:東急不動産、ブランズ・シマトゥパン上棟式、来年末の引き渡し目指す。
07/12:東急不動産・三菱商事、戸数1,256戸、BSD BRANZタワーマンション 上棟
2016
03/04:東急不動産、日系初の単独開発分譲マンション、南ジャカルタで着工。
2015
08/05: 東急不動産とトヨタホーム、ブカシで大規模分譲地の街開き=19年度まで販売目標
Skygarden1
この他にも小生が昔住んでいたタウンハウスがいつの間にか高層マンションになった話はブログで紹介したことがある。上記のニュースでは計画から販売まで長期間となり、且つ名称とロケーションが不明確なため混乱するのであるが、その上現地のメディアがTokyuをTokyo Landとするのがあるからその訂正を兼ねて場所名称、形状などを古い順にリスト化してみよう。


1. ジャカルタ中心スティアブディ Setiabudi Skygarden 高層3棟、内1はサービス
    アパート(Fraser担当)、JDCなどとパートナー、2012着工、運営中
2. ベカシ市(チムール) Sakura Regency 3, 敷地11.2haで戸建て分譲、全483戸、
    孫会社HAKA社とトヨタホームと共同開発、トヨタは114戸担当、分譲中


Sakura

HAKA社は1975年設立でその後投資法規の緩和もあり東急不動産の現地会社T.Tokyu Land Indonesiaの子
会社となっているが相当な実績を有し小生も現役時代お付き合い願ったものである。長くなるので以下は続きとしよう。


Sky_garden2


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2018年12月20日 (木)

ポンドク・インダー・ストーリー

最近のマイ・ブログで、インド・タイセイの工業団地や各地のタウンシップ以来、気になる場所がポンドック・インダーである。

Imageswfbyawax

ここのゴルフ場に行くこともなくなりいつの間に10数年忘れていたがその間に行ったのはポンドクインダー病院・診療所位であった。
その昔は当時最新・最大のモール・ポンドク・インダー(1991年オープン: 現在はメトロPIMとも)に何度も行くこと

Pim_2

があったしその先がプールでその先がゴルフ場であったし反対側の右手は荒地であったとしか記憶はないが
現在は右手は新たにPIM2が建設オープンしPIM1とPIM2との間はブリッジで繋がりその間の道はトンネル化されている。
Piwaterpark748x386
プールは大リノベされPIM3(Street Gallery)も出来ている。そしてその一帯に近づく手前は高層オフイスビル(Pondok Indah Office Tower I, II, III及び Pondok Indah Office Park)が林立している。
Pondokindah_apart

そしてここを通り抜けた一帯がポンドク・インダー高級住宅地である。それにPondok Indah Hotelや Pondok Indah Office Tower I, II,IIIも点在している。
80年代でもそれは東京の高級住宅を凌駕し我々もインドネシアの力を示すのに投資ゲストを連れて来たような存在であった。当時エリート地区と言われ富豪と外国人が住んでいた。日本人もお世話になり、日本レストなども流行っていた。
その昔は当時ゴム園とプランテーションの土地であったポンドク・ピナンの地区の、北はタナ・クシール墓地、南はチランダックターミナル、西はチプタート通りに囲まれた約460Haの広大なの住宅地の開発は1972年頃から始まり1976年にはオープンしていたが赴任していたころはサリムグループと丸紅との連携(?)事業と受け取っていた。事業体はMetropolitan Kentjana Tbk(MKPI:2009年上場)と言い総師 スドノ・サリムと友人達(Djuhar Sutanto、Ibrahim Risjad、Sudwikatmono)が作った会社である。
この中か或いはDKI市側に付いた男がチプトラである。彼はJayaグループで他に、Budi Brasali や Ismail Sofyanがいた。
スハルトが失脚した動乱を境目にサリムグループが叩きのめされその中でサリムグループはクンチャナの株を手放しそして現在も保有しているのがMurdana Pooである。現在のMKPIの役員の名前から保有者はMurdanaグループがトップ(監査役会長Dra. Siti Hartati Murdaya他)、そしてチプトラ・グループ(副会長 Ir. Ciputra)の他Ir. H. Ismail Sofyan やIwan Putra Brasaliの名前が上がっている。
この会社はBumi Serpong Damaiにも着手し、1983年にはPuri Indahも開発した。ポンドック・インダーの現在の住民は35,000人である。

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2018年12月19日 (水)

ふるさと納税の摩訶

20181222_2
ふるさと納税をやった。昨年はふるさとが災害にあい必死でやったが、今年はいつの間にか年末で、やり方を忘れている。TVではふるさと納税の詐欺ネットが横行している上に決済システムもスパムで破壊されたりと億劫だ。
そのうえ
政府の作ったふるさと納税のややこしさは度を超している。 所が肝心のポイントは外している。

民間が作るとすれば小生なら以下になる
一言説明と例示で言うのだ。
1.あなたの地方税は昨年いくらでしたか 1xx万だったとするとその2割を少しラウンドダウンして20万迄できる。

2.20万円を寄付するとするとそこから自己負担2,000円を引いた198,000円が翌年の地方税額から差し引かれて戻ってくる。

3.そしてその上、198,000円は所得税で損金扱い出来(所得控除)その税率分相当が所得税が減額できる。となる。  所得税率が昨年10%程度だったとしても 19,800も所得税が低くなる。


と言う具合だ。
1.政府のペイジには制度利用限度のシュミレーションがあるがこれは1の通りで目安出来る。政府のペイジには細かすぎるが年金生活者用のシュミレーションや次の2や3の部分は無視しいている。 目安でいい。 なお地方税はほとんど所得割だ.。


2.自己負担は本当に2,000ぽっきりなのか 寄付額の1割ぐらいにあげてもいいのではないか ユニセフや同窓会の寄付金レベルも今は1万円の時代なのだが。。

3. 上記寄付額の198,000の所得控除は自分の税率故昨年の平均ででも見積もればいいだろうが、上記の政府シュミレーションには組み込まれてない 
しかしこれを税率10%としても19,800円も所得税が減額されるので 結局 ふるさと納税は
自己負担2000円と言いながら多くが還付されているのではなかろうか だから高額納税者が必至でやっているのではなかろうか そうだとすると亡国の政府となる。 所得控除は自己負担分のみが摂理である。

昨日ふるさと納税のペイジを検索していたので小生のブログにも勝手に宣伝が載るようになってしまった。
それで上のあやふや文章を書いたわけです。

我がふるさとからのお返しは果樹があり、これはいつまでも後世へ残せる。

20181222_3

追伸 ふるさと納税は毎年やってもいいので(Alert)、つい登録でニュース配信を受ける羽目になったが日本政府のしつこさにはあきれるしこれを取り消すのには一筋縄ではないようだ。フェースブックも取り消しがむつかしくてまだやれてない。  google (Alert)は簡単で好きだ。

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2018年12月18日 (火)

Green Bay Pluit居住テラスから大海へ

Green_bay_2


レガッタ・レジデンスの足元にはこれまた驚きのコンドミがあった。Green Bay Pluitと名前は昔聞いたことがあり、プルイットも変わるに変わったものだろうなと、その時見に行ったが、途中目的が変ってワドゥック(貯水湖沼)の方に行きそのまま食事などに行ったのでワドックも変わったが、それほどではないなとの印象で終わった。今、現実らしいこの写真を見て、これこそ究極の夢のリビング、と修飾の言葉もない。これはAgung Podomoroグループが開発している住宅地で12.5haの土地に16棟のコンドミとthe Baywalk @Green Bay Pluit、という55,000meのモールがあるスーパーブロック・ボタニカルシティ構想である。ここからはレガッタが右手の先に見える。
Green_bay_1
そしてその中心に高さ208メートルのタワー4棟(名前は Bahama、Belize、 Ibiza、Maldives) がたち、それは48階建てである。写真ではそのタワーの下は海の波を取り込んだ自然のビーチプールでそのまま泳いで大海にでも出れる感じである。しかしふと感じるとこんなにジャカルタ湾の水はきれいだったかなと言う疑問で有るが今となっては確かめることが出来ない。そういえばクマヨランのSpringhill Tower だったかそちらはテラスからそのまま空中遊泳ができそうな作りだったことを思いだす。

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2018年12月16日 (日)

Regattaでジャワ海に出征

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前から気になっていた高層マンション群があった。プルイットの沖に突き出た岬の先にあるレガッタというマンション群である。
レガッタというから帆船群を連想される写真である、ジャカルタに到着する時に必ず飛行機から見下ろして探していたがチャンスはなかった。今日それに出会ったのはMuara Baruと言う地域のSea Wallに穴が開き海水が陸に上がってきているニュースからであるが、そことは一つ湾を隔てたPantai Mutiaraと言う地区である。
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この名前はそれこそ80年代からあった気がするし一度そこに出かけ海を見るところまで行ったことがあるがその時はそこは1軒1軒ヨットを係留できる個人用ドックを持った別荘的マリーナ型高級住宅であったので恐れをなして戻った記憶があるが、その後拡大されてその先にこの岬が造成されたのであろうか。
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確かに色々なアップされた写真を見るとレガッタは海との間の海岸道路を辿って行くとたどり着くようだ。そして2015年頃はアホック副知事がこのMutiaraに住んでいたことや華人の若い人の間でデートスポットにでもなっていたようだ。何人もの人が将来の夢を語りそして実現させここに住んでいるのであろう。レガッタは11haもありマンション10棟にホテルやその他諸設備を完備したコンプレックスである。いつごろからかは知らないがここの開発は1980年代でRegatta Residencesの開発はDharmala IntilandとPT Global Ekabuanaである。
このようなものを表す日本語はないし英語でも表現に困る。 レガッタの愛称は世界でも有名なリゾート地などでこの名前を冠したVillaがあり、このマンションからジャワ海を見下ろすのはあのタイタニック号の舷先に立つシーンを思い浮かべる。

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2018年12月14日 (金)

ウブット絵画の恩人Bonnetとスカワティ侯

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Renatoで出て来たRudolf Bonnet はオランダの画家で1950年代バリ絵画の一時代を作った人である。生まれは1895年アムステルダムで生まれ、1920年イタリーを旅行し色々な風景画なども残したが先人の助言でバリにやって来たのは1929年である。バリでは独人芸術家Walter Spies や王家の筋のCokorda Gde Raka Sukawati(後東インド国大統領)と知り合いUbudに招かれSpiesが帰国後も彼の家を譲り受けた。日本が占領時はスラウエシのキャンプに収容されていたが1947年に又バリに戻ってきた。スカルノが良き支援者となり彼の14もの作品を購入した。しかし最後はスカルノの増長を見て、ポートレイト造りを拒否したため1957年追放された。
それまでは彼らは、1936年Sukawatiの力添えでPita Maha(偉大なひらめき)と言うグループを作り創作と販売活動をおこなった。1954年に Museum Puri LukisanをSukawatiと共に作ったがこれは彼の追放の為完成を見ず、やっと1972年になって再訪しオープニングにこぎつけた。彼は1978年オランダで病気を得て亡くなったが、葬儀後バリでも火葬が行われた。彼の絵画は筋肉質のバリの生活者などを描いており印象的だ。
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プリルキサン(絵画の王宮)美術館は今もバリの有数の観光訪問地ともなっており戦前から近代の、カマサン・スタイル、バトゥアン・スタイル、ウブド・スタイル等の技法で描かれた絵画や彫刻が展示されその緑の庭園とカフェの雰囲気の中で良き時代のバリの生活がしのばれそうだ。


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2018年12月12日 (水)

遷都Jonggolに踊る

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前回チプトラのTownshipを尋ねてチブブールの北のJonggol迄迫ったがこの都市の名前は大昔のスハルト時代に息子のバンバン氏がジャカルタ遷都構想で上げた地区名である。

ここはボゴールに属しJagorawi高速のCibuburから伸びて来た先のJonggol-Cileunsi通りを上って来たところにある。バンバンの打ち上げ話は記憶にあり、ついこの間まで記憶に明確を欠きタンゲランの方のJogloかなと思ってウロウロしたこともある。この構想は1997年であったが、チプトラのCitra Indahを始めたのも1997年であるので、触発されたのであろう。


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或いはそこに行く途中のHarvest CityなどもJonggolに近接していることが謳われているので多くの業者がうごいたのも事実だろう。 特にJonggol-Cileungsi 通り添いにあるMekarsari植物公園まわりはいい所だ。


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Harvest Cityは1,350haもあり、ブカシにも大手をかけた感じであるがGrup Suryamas Dutamakmurと Grup Duta Putra Mahkota 及びKalindolandの3社の開発業者の合弁がやっている。

只この先のSentulの方が発展しつつあるようだ。このJonggolはそうした高速やLRT交通線から20km近く離れているからである。

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2018年12月10日 (月)

Renatoのバリ追想絵画

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これもJP誌の古いスクラップ、インドネシアの画家Renato Cristianoのものである。インドネシアの画家と言ったが彼は1926年ローマ生まれとしか紹介がなくインドネシア国籍なのかどうかは解からない。1950年代にBeauxArtsボザール等で学び、サンスクリット語も学んでいる。アフリカ、中近東、インド、豪州、中南米、ポリネシア、スマトラ、ジャワと
Renato
旅行をして最後はバリに来てオランダ人画家Rudolf Bonnetに師事したが、師匠が帰国後残された画廊美術館を任されていた。時はスカルノの時代でスカルノがバリに休息など逃れて来るたびに色々相談に乗ったりしていたが 愈々晩期には危険もあったものかローマに帰国した。帰国後バリの生活が脳から離れずバリを描き続けたようだ。

Renatoは平和なバリの人々の平和な生活など薄いシャーベットトーンで描いている。
ロープロファイルでネットでも紹介記事は少なく、南米のサッカーヒーローの記事だらけで影は薄い。JP誌の掲げた絵はこの切り抜きだけは見当たらず貴重品だと思う。

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2018年12月 7日 (金)

鰐園 いま昔

大昔、1980年代だったかジャカルタ北岸プルイットにワニTaman Buayaがあった。そこがいつの間にか大きなモールになって消えてしまったが、人に聞きながら移転先を何度も探し回ったことがある。タンゲランではないかとの意見もあり空港近辺を探したが、今考えると好きでもない鰐をなぜ探しまわったか不思議だ。そしてその若さも遠のいた今同時に二つのワニ公園を探し当てたのである。二つとも似た作りで 鰐用の沼地に只いると言うだけの感興の無さが感じられた。
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プルイットの時は小生も若く子供もつれて行ったが、鰐を高木の枝葉と香木の香り或いは煙などで睡眠術にでも掛けたような儀式も行なわれた。おなかの下の下肢の間の袋から仕舞っている器官を取り出したり、頭上にワニを掲げあげたりと、当時その後大分吹聴し廻ったことを思いだす。
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現在の場所は一つは確かに空港方面でそこから北東のNaga村迄行くTanjung Pasirにある。あと一つはチブブールのボゴール寄り、Jonggolで近くのPasar Randan Adventure公園にある。入口のワニ像も同じようなもので今どっちがどっちか確認するのも、行き方を詳述するのも気力がのらないのでTaman Buaya Indonesia Jayaで探してみるがいい。昔、探索に困難を極めたのは、小生がジャカルタのホームペイジjakarta.go.idを当てにしたこと、或いはGoogle Mapがまだなかった時代だったのである。 しかし又昨今はスンターの運河などにワニが現れたニュースがあり、或る政治家は、それは河川がきれいになった証左だとかとぼけたことを言っていた。どこも政治家は無責任だとおもったものだ。

今若い人たちはGTネットの充実で探索は簡単になった事だろう。
探索に40年を失った喪失感はあるが40年の執念の喜びも一入だ。 Googleさん、ありがとう

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2018年12月 6日 (木)

11月投資環境トピックス 経済は粛然・昂然、社会は傲然

、雑然と纏まらず 
11/7  六甲バター、MM2100でチーズ生産開始へ、三菱商事と合弁
11/8  永大産業、現法が開業、チカラン工場でシステムキッチンの組立・販売。
11/9  スカイエナジー、市原氏など太陽光発電システムで合弁会社設立へ。
11/12 日本工営などのコンソーシアムがパンティンバン港第1フェーズ契約。
11/22 住友金属鉱山、南東スラウェシでニッケル製錬所建設検討、17.7億ドル。
11/22 トコペディア、ソフトバンクら既存株主から10億ドルの追加出資へ。
11/25 日本農業、青森産りんご8品種のイ販売開始、小玉で日本からの経路
11/18 アンカサ・プラ、第2首都空港計画、100兆ルピアで2021年にも着工

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11/20 ガルーダ航空、ジャカルタ~名古屋直行便再開へ、来年3/23から、週4便。
11/28 ジャバベカ、家族向けアパート「カワナ2」販売開始。
11/28 グラブ、宅配サービス開始。
11/29 チャンドラ・アスリとミシュランの合弁、スチレンブタジエンゴム、投資$4億
11/1  2019年州最低賃金発表:首都Rp 3,940,973.-、8%
11/1  入管システムに接続した外国労働者TKAオンラインNotifikasiの制度へ
11/3  2020年に炭素税導入へ:化石燃料の利用量に応じた課税 環境税
11/9  年50社の上場は1992年以降で最多、上場企業数は約600社、時価6千兆Rp
11/11 アセアンと日中韓印豪NZが東アジア地域包括経済連携(RCEP)に向けた話し合い
11/15 BI 7-day Reverse Repo Rate 引き上げ5.75%→6.00%。
11/16 経済政策パッケージ第16弾:外資開放、タックスホリデー、輸出所得税軽減 ?
11/27 人材競争力ランキング、イは45位、トップはスイス、日本は29位。
11/28 スラゲン~ンガウィ高速道(51km)が開通、年内ジャカルタ~スラバヤ 接続?
11/28 不動産取引減税、保税地区許認可の簡素化など検討:財務省。
11/1  監視カメラによる交通違反取り締まり、スディルマン~タムリン通りで導入。
11/5  イスラムFPI代表がサウジで一時拘束、IS旗掲げていた疑い。
11/13 首都メイン通りの電子課金(ERP)来年中に導入計画と首都運輸局。
11/15 チカンペック高速奇数偶数規制、タンブン区間拡大。
11/17 政府系モスクの4割過激思想拡散、国立7大学でも過激思想と国家情報庁。
11/18 過去5年地震頻度増加、2013年は4,234回、今年は13年の倍
11/18 「性的マイノリティは不道徳」パダン市長が根絶宣言。宗教的な保守化が進行か
11/18 パチタンで海水浴中の邦人男性が水死。溺死か 74歳
11/24 首都の人工島3島で州営住宅や魚市場整備へ:州知事が計画変更
11/29 日本人女性宅アパート警備員の男逮捕、強姦未遂・暴力容疑で 


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2018年12月 5日 (水)

ボゴールとジャカルタをつなぐ街道、国道、一般道。。

サワンガンゴルフ場は足が遠くなったのは日本人が今は皆メンバーゴルフ場に行くようになってからである。ボゴール方面のJaogorawi高速やCibomi高速添いには立派なゴルフ場が多い。夕刻の帰りは都心に近づくほど渋滞がひどくなる。
一度試しに一般道を通ってジャカルタに帰ったことがあるが見物がてらとしてはいい。その時はチマンギスからチラチャスを通った気がする。ボゴールには宮殿があったのでJKTとのつながりはいい方だろう。今地図で調べるとJKTとBGR間は東はブカシ山地であり、西はタンゲラン・チサダネ大河平地との間でJKT-Bogorを結ぶ一般道路は主として3本となる。

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その代表がボゴール街道であり、次に地図上Bogor-Jakartaと書かれておりボゴール街道と取り違えそうな道路があった。ボゴール街道は国道かと思ったが此方のJl. Jkt-Bogorの方が国道で国道12号線となっている。

その南端はボゴールの外環高速のJl.Baruでそこからボゴールの北部を東にCibadakに向かうが、逆に北端はジャカルタのスマンギ辺りで全体の距離は48㎞と短い国道である。この道でSawanganゴルフ場の近くから北へ辿ると->Ciputatから->ポンドクインダーゴルフ場を越え->スナヤンゴルフを越えマンガラ・ワナバクティのパルメラー・チムール迄北上する。

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ボゴール街道Bogor Rayaはジャゴラウイの近くで並走の形である。こちらの南端は確かにボゴール宮殿に突き当たるが北のジャカルタはJl. D.Sartika若しくはSutoyoである。その間特にゴルフ場はないが南からめぼしい地名を挙げるとCibinong-Cisalak-Cimanggis-Pasar Rebo-Condetくらいであろうか。
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そしてその二つの南北線の間にいくつかのルートはあるが辿って行けるのはTol Desariを利用する路線で、南端は例えばボゴールのペタ博物館のある一般道路のPemuda通りから向かえる。そして北端はBlok-MのAntasariである。その間の主要なゴルフ場はパンカラン・ジャティとマトアがある。

あと主要な道路はジャカルタはパンチョラン・ディルガンタラの塔から逆に下るとPasar Minngu―Lenteng Agung-Situ Babakan-UI-Margonda-Citayamそして最後はDesariのBojongGedeに合流しボゴールのPumuda通りに出てくる道がある。
又ラグナン動物園にはMampangから下る方がよい。その先はMatoaに出ていずれDepokを越えBojonggedeで合流することになろう。


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2018年12月 4日 (火)

急成長の建設業のAcset

インドネシアの建設業は国営企業と外国建設業の草刈り場とばかり思っていたがいつのまにか多くの民間建設業者が上場を果たし、このブログでもそのいくつかを紹介してきた。そしてゼネコンの下で実際の工事施工を行う企業の一つがAcsetである。ある意味ではSub-Conではあるが高層建設や土木ではメインとなる。
AcsetはAstraの子会社の上場会社で、ジャカルタではある時期或いは現在も高層ビル建設のクレーンが林立しているが、その好況を背景に伸びて来た企業である。
Acset


手元の決算では2010年以降の売り上げと利益がきれいな右肩上がりの数字を示している。2016年で対比で言えば売上高が5倍の1.8兆、利益が3倍の683億、総資産7兆と育っている。元はシンガポールの青年の個人事業として起業した筈で最初は重機のレンタル会社であった。それだけではインドネシアの投資許可が取れにくいためハイテクを入れた事業企画にしたのが最初であったようだ。
Wikiではロニー氏が友人(?)と最初に会社を設立したのが1995年とある。
本社住所を尋ねるとJl.Majapahit 26 でこの短くて有名な通りは昔はハ-モニー会館の前の通りでこのような本社ビル(?)が建っているとは知らなかった。
現在はトランス・ジャワの高速道路建設に注力している。

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2018年12月 3日 (月)

サワンガンバルーは今

いつ頃からかジャカルタでの行動範囲が非常に小さくなりジャカルタは中心地(或いは南北線と東西線のみ)とジャカルタ東部工業団地の行き来程度、時に南部はボゴール市に飛ぶ程度になっていた。と言うよりゴルフ場が市内のゴルフ場ばかりで東部のゴルフ場も西部のゴルフ場にも出かけるのがなくなったと言う方が近い。 
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そして一番ご無沙汰したのがサワンガンゴルフ場で、ここは小生がインドネシアでの初めてプレーしたゴルフ場である。今やどこを通って行っていたかは詳細言えずポンドクチャベ飛行場(ゴルフ場)の横を通って下っっていったようだ。
サワンガンゴルフ場は昔サワンガンバルと言って、大人数のコンペなどよく利用したものだ。往復の距離と危険度から、その後は続々オープンするメンバーコースに移っていった。
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近くにサワンガンラマと言う9ホールのものもあったが、それこそ40年もご無沙汰した話で、それが今名前がTalaga Golfになったのだろうか。その辺に5メートルの大蛇が生け捕りにされたニュースもあったがラマの方は多分住宅地になってしまって、もうないのであろう。
サワンガンバルはホテルも兼営し現存と思うが、WEB上での日本語の訪問記は2013年2月の

Sawangan Golf Hotel&Resort : Belly Dancer Reehaneは時々ジャカルタがあったのみ(?)であった。 
市内の安いゴルフ場は7ケ所も閉鎖・転用されてしまって、小生はゴルフ用具も断捨離したようなわけである。

写真もないのでGoogleから借用、まんざらではない。


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2018年12月 1日 (土)

日イの国道1,2,3号線

スマトラの高速が少しずつ進んで最近大統領がスマトラの南端バカウヘニを視察したがここはジャワからフェーリーが着く港である。600pxpantura_001

ジャワの対岸はメラックであるがジャワの高速第1号はここから始まる。それは歴史が教えるところでジャワ北岸道路でほとんどの人が知っているところがジャワ島の真ん中或いは南岸にも劣らぬ大都市があるがそれはどうなっているのかと気になるが、ちゃんと国道3号線が同じメラックから東のバニュワンギまでと担当していて安心する。
フェリーでメラックに上陸したら5㎞程専用道路を走り5.5㎞先のGT Merakの手前で国道1号線が始まり東に向かうが、そこで同時に国道3号線が南に下り同じく東に向かいバンドンージョクジャカルタを通ってバリ対岸のバニュワンギで1号線とつながるのである。
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それでは2号線はどこかと言うとこの1号線と3号線をつなぐJagorawi高速である。但し正確にはTomangからSumanggiを通りCawangに至る部分と、CiawiからSukabumiの手前のCibadakの部分のCibomi高速の部分を含める。つまりCawangで1号線、Cibadakで3号線と繋がっている。 
Images
日本の1号線―3号線は東海道―山陽道―九州道(九州は 門司から鹿児島)である。昔フランク永井の夜霧の第二国道https://www.youtube.com/watch?v=NBnGN41m-gUや国道18号線https://www.youtube.com/watch?v=xCy5HoDL_oUは今の番号ではないので注意が必要。


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