2018年11月19日 (月)

Four SeasonsがGatotを変える

St. Regisの計画をこのブログで伝えたのは2014年1月28日でGatot Subroto通りでここに47階建てのビルを建てる大きな看板がでていたはなしである。完成は2016年中とあったのでもう出来上がっているはずだが、まずはgoogle Mapで確かめてみると確かに計画の写真と同じような建物が建っている。48階建て215mの高層ビルは全く同じである。 低層が少し斜めすぎとか或いはあと一つ低層があるようにも見える。高いビルはCapital Place Office  Towerと言うようでこの一角をCapital Placeと言っている。ホテルはNautilas Barなどファシリティ含め高層階或いはこのコンプレックス全体を使用しているのであろう。(隣は20階だて、高級ルーム125がある。隣はサトリアマンダラ博物館である。通りのガトットの正面もつい最近オープンしたCentennial Towerや右側はMenara Global である。そういえばいつだったかどこだったかGatot Subroto通りにはモーテルやゴーカート場或いはレスト・コンプレックスが在ったり、或いは目まぐるしく変わったりして、今思えば持て余ししていた気がする。
Fourseasons_gatot


Four Seasonsと言えばRasna Saidにあったホテルで立った時はRegent Hotelと言っていたが、こちらもいつの間にかRajawari保有で、彼らはリノべと称して2014年に閉鎖し、Capital Placeに建設していたSt. RegisをFour Seasonsの名前で先にオープンし、

20181119_2

その後Rasuna Saidの方には殆ど同じコンセプトの高層オフイスタワー超豪華レジデンスと共にSt. Regisを2019年中にオープンすると言う。(写真は同一だろう)
インドネシアのスピード感には小生も追いつけない。


| | コメント (0)

2018年11月16日 (金)

案外寂しいジョクジャ道

ジョグジャの空港はAdisutjipto空港で市内にあるので手狭、そこで新空港の建設が計画され間もなく着工というニュースがあった。新空港の場所はジョクジャ州の西端の寒村? Kulong Progoで市内まで56kmもあり1時間半近くかかる。この間隔の感覚は市内からソロまでの距離と殆ど同じであると思えばそのさまが解かる。 
地理的にはジョクジャとソロの間に適当な場所があれば両市から真ん中に20㎞台で共用の空港が出来るのであるが。。 
今の計画では同時にジョクジャ~ソロ間の高速も同時(?)着工らしいが、この観光道路がまだできてなかったことに今更驚く。昔はこの小さな国道を何も思わず往復した記憶があるが、そういえば途中にPrambananがあったからであろうか。 プランバナン遺跡群はジョクジャから18kmでジョクジャ~ソロの中間ともいえる。
Boro0030
その上、目玉のボロブドールは逆方向のジョクジャから西北(マゲラン)方向にあり二つを見ようとするとたいへんである。ちなみに市内からボロブドールまでは約40kmである。 ジョクジャに行くには西からはチラチャップ、西北からはマゲラン、東はソロであるがどことも高速はつながっていない。むしろスマランからは南にソロの方に向かっているのである。ジョクジャは長く陸の孤島である。


古い絵葉書はあったのに、自分が撮った古い写真は多く散逸。残念。

| | コメント (0)

2018年11月15日 (木)

コタ・サトゥのあまやプロジェクト

NNAが中ジャワ州の不動産開発業者コタ・サトゥ・プロペルティがIPOで約 4.5億円相当を調達した報道をしていたが、佐藤と勘違いして注目したがそれはPT Kota Satu Propertiという名前であった。

Amaya_semarang
この会社は主としてスマランで住宅開発をやっており、現在手掛けているのはThe Amayaと言うニックネームの46haの住宅開発であった。このAmayaと言うのも雨夜が説明に登場する程でだけで語源は不明のままであった。多分そのような固有名詞の“Luxury Home Resort”,イメージがあるのであろう。コミサリス会長はJOHAN Prasetyo Santosoという人でこの人はSalim Groupの不動産部門で働いてきた建築家でこのAmayaのコンセプトやAllstay Modern Lifestyle Hotel.を作ってきたようだ。コミサリスや他の経営メンバーも大手企業経験の未だ若い世代の経営者である。会社自体が2012年設立したばかりでもある。
Amayabeachproperty
“Luxury Home Resort”,といえばスリランカにAmaya resort & Spaと言うのがあった。イメージは一寸違うかな


Amayalangdalepool


| | コメント (0)

2018年11月14日 (水)

チプトラ最初のタウンシップ

Dsc01853
もう100回も通ったスカルノハッタの高速道路であるがその空港の南周りにチプトラの最初のタウンシップがあったことを知り驚いた。いつも驚くことばかりであるが、日本人一般のおごりで冷ややかに外国を見ていた一人だからかもしれない。ただ一度だけチェンカレン・ゴルフ・コースを訪れた時ぐるぐる回ったつもりであるがその時も気が付いてない。半ば気が付いたときはあの10,000haの住宅地造成会社Hansonを知ったつい最近で、HansonがCiputraと共同開発したものにその名前があった。更に先日のBalarajaから更にSerangよりとなるMaja地区もCiputraとHansonはターゲットにしているようだ。
Citra_garden_sukarno
チプトラの最初のタウンシップとはCitraGarden City Jakartaというもので空港が建設中(1985年オープン)のころ手掛けたもので450~460haもある。Googoleの地図を示しておこう。チェンカレンゴルフ場とは少し離れていることが解る。
Ciputera_puri


そこからずっとジャカルタに寄ってJORRに入りtanngrang高速と交差するMeruya Interchangeの手前にCiptra Intetnationalが小型タウンシップを手掛けている。Puriの地名を冠しているがGTはKembangan Utaraである、小型と言っても7.5haもある。職住近接タウンである。


| | コメント (0)

2018年11月13日 (火)

10月インドネシア投資環境 悪夢再来、

10月インドネシア投資環境
悪夢再来、航空機墜落全員死亡、中スラ地震未曾有の結果へ、日イともランキング不振、
住宅建設投資のみ続く

10/4  グーグル・クラウド、ジャカルタに広域データセンター設置へ
10/8  中国系シュータウン、中ジャワ新工場建設へ、従業員最大2万人、投資2億ドル。
10/10 トヨタ・ハウジング、カラワンでの戸建分譲事業、スマレーコンと。
10/24 BCA、電子マネー「フラッツ」1~8月決済2.3兆ルピア、前年同期より3倍も増加。
10/31 東急不、西ジャカルタでも分譲マンション建設へ、35階建て2 棟計608戸。
10/14 工業団地にもハラル:工業省が年内の規則完成目指しているとメディア。
10/15 9月の輸出148.29億ドル、 輸入は146.02億ドル、通年赤字はまだ続く。
10/16 来年最賃上昇率8.03%:労相通知。
10/24 首都MRT第2工区(HI~マンガドゥア)に700.21億円限度の円借款供与へ。
10/31 世銀のビジネス環境ランキング:イは73位(前年72位)。日本は39位。
10/3  チカラン日本人学校の建設安全祈願、来年4月の開校目指す。
10/9  プラポウォ陣営選対幹部のうそ情報拡散:顧問のアミン・ライスも参考人聴取。
10/13 アジアパラゲーム閉幕、金メダル中国(172個)、日本は4位(45個)、イは5位。
10/16 不法就労の疑いがあるとしてパプアで拘束された邦人4人の初公判、無罪主張。
10/18 北スマで仏教寺院や警察署を襲おうとしていたテロ容 疑者2人が射殺される。
10/26 中スラウェシ地震対応終了、死者2,086人、行方不明者1,309人
10/29 ジャカルタ発バンカ行きライオンエアー墜落、189人全員死亡 整備ミスか
10/30 メイカルタ許認可めぐる贈収賄:リッポー幹部が、逃亡の末自首。CEO事情徴集へ
10/30 予算案承認めぐる収賄容疑で国民信託党からの国会副議長が容疑者に認定。

| | コメント (0)

2018年11月12日 (月)

Ciputraの最大のTownship


Citra_raya_tan_goo_1

ジャカルタ郊外都市タウンシップは今更花盛りなどと言うよりもう古い歴史もあり、ジャカルタの片隅をちょっと間借りしていた日本人には気が付かなかっただけかもしれない。
単なるマンション建設だけでなく、病院建設、幼稚園から大学までの教育機関、モールを中心として商業施設やリクレーションと緑の広場などなどで益々大型、豪華、ゆとりの環境があちこちに出来ている。これらは住民サービスではあるが大きな事業の芽でありいわば病院も教育も専門外の仕事を不動産開発業者が果敢にやっていることに敬服することになる。
Dijualrumahdicitrarayatigaraksa
5回目となるが今回は不動産の雄チプトラグループのCitra Rayaである。ここに或いはチプトラに近づいたのは3回目で一つはチブブール方面を特集した時、シナールマスの1,050ha 以上の物件を開発している気配と二つ目は10,000haもの土地供給に励んできたHanson International Tbkとの共同開発や今回はセルポンから初めて知るBalaraja前の高速を調べているときこの辺りに見た広大なCitra Rayaである。

チプトラ・グループは国内だけでも島外多数の44都市、100物件、国外も数ケ国に進出済んでおり、その物件名はCiputra/Citraの後ろにRaya、Indah, Land、Grand、Garden、Dream、World、Cityを組み合わせた名前が多いので後ろに場所名を記さねばどれがどれか分からない。


上記のBalarajaのCitra Rayaは正式にはCitraRaya Tangerangである。開発総面積は2,760haでこの中に既にWaterparkとかビジネス集積地BIZLINK Citraraya、テーマパークもあり病院も大学もモールもいくつもある。1994年から開発を始め51 Clusterに分け商業1,800店舗、住民65,000の人口に育っている。ここに住めばKeratonもTAKARAゴルフもマイコースとなる。そして4㎞Bitung寄りには日系のNikko Cahayaがあった。

| | コメント (0)

2018年11月10日 (土)

オアシスはもうない

先日変わりゆくラーデンサレー通りで消えゆくオアシスレストランに触れたが、a tribute portfolio hotelもあることだから復活もあらんと、昔のスクラップでOasisについてTributeしよう。
00jp_rest_oasis_3


1995年Jakarta Postが掲載した記事と写真からである。
この建物は1928築、最初のオーナーは茶・ゴム・キニーネ商人のBrandenburg van Oltsende、その後は1968年Carol Gandanegara氏が購入しレストランをオープンした。1978年にはGolden Mississippiの故Tirto Utomo氏が購入した。3人ともアートやアンティ-ックを大切にしてきたが散逸しないことを祈る。
RijstafelはDes Indes Hotelのテラスで供されていたものである。12人の女性がそれぞれに持った12皿の様々な料理を取り分けてくれる。指揮するのは当時83歳のMaria女史でこのころのセットメニュでRp125,000だった。バタックのバンドは二組AmoresとYan Sinambelaだった。クリントン大統領夫妻も訪れている。
PS誌を外れると安部首相夫妻の写真もネットにあった。

| | コメント (0)

2018年11月 9日 (金)

カリブサールのジュンバタンメラー

00dsc_0300
デルタマスの開発会社プラデルタ社(PT Puradelta Lestari Tbk)の登記上の本社アドレスはカリブサールと表示されていたので驚いたが、カリブサールと言えば昔、シナールマス銀行とBIIがバラットにあることをブログで報告したことがある。二つのシナールマスグループの銀行に挟まれた建物は香港上海銀行で、シナールマス銀行の隣が有名なトコ・メラーである。と言うことでシナールマスに大いに関係はするがこのジャカルタの保存史蹟にでも指定されている建物と不動産建設の雄のシナールマスとは隔たりがあり何か謂れがありそうだ。 ここにはプラデルタ社の兄弟会社のPT Paraga Artamidaもここを住所としている。シナルマスランドの財務報告では二人の兄弟がRp1,000の株式2.78億株の権利がある表示があったが、この会社は投資ホールディング会社で1989年設立、子会社数社を通じ都市デザインからインテリアデザイン迄の仕事をしているようで、というしっくりこない情報の他は情報はない。

Googlemap_jembatan_merah_kalibesar
久しぶりにカリブサールに行ってみるとあのカリブサールが半分蓋をされた水辺公園化されたいることは以前にもブログしたが今回このシナールマス銀行の前辺りに橋がかけられジャカルタ歴史博物館の方に行けるようになっていた。橋の名前はジュンバタンメラーと名ずけられていた。
ジャカルタには既にその名前の橋はあったが、又使用するのに本家のスラバヤには許可を取ったのであろうか。


| | コメント (0)

2018年11月 7日 (水)

インドネシア語の質問語・文法語

“インドネシア語でなんというの”とインドネシア人に聞く場合その言葉の言葉を知らねばならない。例えば反対語は何かと聞きたい場合、反対語をどういうか分からないと聞けないわけである。そのような言葉を少しまとめておくと
反対語:antonim  英語はAntonym
同意語:sinonim  英語はSynonym
語源:etimologi 英語はetymology
形容詞:Bentuk Kata Sifat、 nomina 或いは Pronomina英語はAdjektiva
動詞Bentuk Kata Kerja、Verb 英語はVerba、Verv 
名詞 Bentuk Kata benda 英語はnoun
方言:Dialek、Bahasa daerah
スラング:Gaul、Prokem
挨拶:Sapaan
諺:Pribahasa
意味:Makna、Arti、更にMaksud?と聞くと答えてくれる意味が解らないといけなくなる。
疑問語 interogatif 例の5W1Hでこれも同じで何度も説明を受けなければならなくなる。
挙げて行けばきりがない。頭書に帰り「綴り」はインドネシア語ではejaanである。正書(綴り)というのは英語のorthographyの中国訳語らしい。そんな難しい言葉でなく 英語のスペルと言う方が早い。
名詞・形容詞など文法語の世界になってくるが文法は英語はgrammarでインドネシア語も発音は同じ世界になる。

| | コメント (0)

2018年11月 5日 (月)

No.1 コタ・ジャバベカのDarmono氏

00pic_0041
Cikarang/Bekasiのジャバベカ工業団地はベカシ・カラワン地区では一番古い工業団地でそれまではプロガドンやマルンダの団地の他はスンターやタンゲラン、南ジャカルタなど小型或いは単純に集まった地区があちこちにあった。日系の第一次進出は繊維のバンドンも多かったので、チカンペック方面の高速はそれなりに早く開発され、また政府の誘導に乗ってかのようにこちらに工業団地が多くつくられるようになった。


Photo
ジャバベカの創設者Setyono Djuandi Darmonoがこの地を眺めた時は荒涼たる風景でレンガ・屋根瓦BricKの為にあちこち掘り起こされ穴の開いた不毛の地が広がっていたが、彼はこれはチャンスに見えたに違いない。そして1989年ジャバベカ工業団地会社を設立しそして1994年には第1号の上場工業団地会社PT Jababeka Tbkとなったのである。工業団地としては最大の面積3,500haを保有し、火力発電所やドライポートも備えた団地となった。

Pic_0037

又ホテルも数軒、病院3院、ジャバベカ・ゴルフクラブもあり、商業地区や住宅地区も整備しながら全体面積5,600haのタウンシップに育っている。このシリーズでデルタマスに続く4番目に取り上げたが面積的には2番目とすべきであろうか。少し評価が低くなるのは高級住宅や別荘・観光に劣る印象があるからであろうか。多分に創業のDarminto氏の人生哲学に根差しているのであろう。氏は1949年オランダの第2次警察行動の頃ジョクジャカルタで生まれ、最終学業は現在のバンドンのUnbar大学であるが、英国のICIで仕事を始め、マンチェスター勤務を経てマーケット部門長まで11年も勤めている。ビンタロで住宅開発などもやりながら1989年Hadi Rahardja,、Sudwikatmono、Rizad Brasali やAdam Kurniawan等と konsorsium 21を形成しJababeka開発に進んだのである。夢は大きく着手は慎重であり、グスドゥル大統領を模範として霊と複数主義、寛容を重んじている。その他彼はジャワ文化の維持に努めBorobudur、Prambanan、 Ratu Bokoの後援やユネスコ活動、PATAの観光活動支援、更に現在Kota100 プロジェクトと立ち上げ全国に自立都市の建設には励んでいる。 Tanjung Lesungjakartan.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-58a1.html観光特区指定を受け更にKendalやモロタイが続いている。ジャバベカにはJababeka Multicultural Center やJababeka Botanic Gardensプログラムも進み、多くの海外活動や褒賞と相まって立派な都市になっていくのであろう。彼には许龙川という中国名もあった。

| | コメント (0)

2018年11月 2日 (金)

「インドネシア語の日」に正書法

10月30日はインドネシア語の日らしい。何年の事か、何が起こった日かは解らないが、インドネシア語と言えば、まずは青年の誓いが思い起こされる。1928年10月28-29日の第2回青年の会議で採択されたインドネシアの「一つの国家、ひとつの民族、一つの言語」の誓いである。その関連のブログは10件ほどもあるが言語を扱った「Kongres Bahasa インドネシア語の発展」http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-3318.htmlでは6月25日をインドネシア語の日であるとしていた。そのほかインドネシア語のスペリングはオランダ時代のものを引き継いでいたのでこれを捨て簡略化も図った正書法が決められている。それはスハルト時代の1972年であるがそれは大統領決定第57号であるが8月17日付である。正書の一つはSoehartoのoeはuとスペルすることにしたのであるがその法律ではSoehartoとして署名している。英語では正書でSuを使っているがSoekarno-Hattaにも見るように固有名詞では元々の綴りを使うのであろう。
今ではこれに迷う人は少ないであろうが小生は、まだ下の場合迷うことがある。
ch→kh
ie→i
ij→ei
そういえば十数日前か(と思ったら9月3日で2ケ月前だった)このブログでアストラの兄弟の名前をあげたことがあの総師がSoeryadjayaでSuriajayaと読むなどと書いていた。総師の名前の最後はdjajaではなかった。それだと例示が3つも出来たのだが。。
手元にあったスハルトの署名鑑を参考にアップしようとしたが、少し怖くなって取りやめた。ただ彼はS Hartoを崩した書き方であった。

| | コメント (0)

2018年11月 1日 (木)

Desari高速は便利

ジャカルタ南からデポックに向かう路線に建設中であったデポック(Depok)―アンタサリ(Antasari)高速の一部が開通した報道があった。この高速は略称Desariとも言われる全長21.6㎞の一部でAntasariから5.8㎞のBrigifという場所で
00_ui_br


00dari_lenten_ke_setu_babakan_feb15

インドネシア大学の手前のパンチャシラ大学やブタウイの文化村の近くで非常に便利になる。Brigifとは妙な地名だなと思われるがこれはBrigade Infantry 歩兵旅団の意味であるもののこの辺り(Ciganjur-Jagakarsa)には兵営などはない。


Layan_antasari
アンタサリと言えばブロックMから無料の自動車専用高架道路Jalan layang nontol Antasari 4.9kmが2012年にオープンしており、これとは直接ではないが1km強でつながる。このJORRとのインターチェンジから南進しJORR 2を超えてデポックの向かう。
この辺りは住宅もあるが果樹園や荒れ地も多いので、土地確保は容易であったのであろう。ただこのBrigifの先の行く手にマトア・ゴルフクラブがあるが越えていくのであろうか。終点のデポックではサワンガンバルのゴルフ場が便利になる。将来はもう目の前のボゴール外環道路と接続する計画である。

| | コメント (0)

2018年10月31日 (水)

変わりゆくラーデンサレー通り

Cikinioct14_11

Res_oasis

TIMの近くのRaden Saleh通りNo.47 に由緒あるOasis レストランがあったが、いつの間にか閉鎖されている。ここでは殆どの日本人がバタビア名物のライスターフェルをトライし又バタックのコーラスグループのこの上ないもてなしと美声にジャカルタに来て良かったと思ったレストランであった。何故閉鎖したのか考えても解らない。歴史もあり、むかし「オアシス・レストランとRijsttafelhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/rijsttafel_7230.html 6月1日」でブログにしたこともある。
その店の向かいにはスンダ料理の踊り子の居る店で、ここもよくお客を連れていったものだ。Raden Kuringと言う名前で当時似たような名前の店はあちこち見た記憶がある。 今のこの店の写真には後ろに例のアパートメン3棟が堂々と立っている。
Raden_kuring_saleh_028

Res_al_jazeera


店の造りは変わってないが中身がアラブ料理になったのであろうか店の名前もアルジャジーラと変わっていた。 
このラーデンサレー通りは、昔からアラブ系の店やホテルがあったがどんどん浸食されてきているようだ。ラーデンサレーの邸宅遺蹟やその前にあるSurya Hotelも探訪記を書いているが今はその確かめには行きたくない。 歴史は流れる。

| | コメント (0)

2018年10月26日 (金)

TIM裏のアグンセダユのメンテンパーク

Tim2017_03_31_24304_1490932022_larg
タマン・イスマイル・マルズキの改修ニュースを伝えたJP誌の写真では昔何もなかったこの公園の裏辺りに高層ビルが建っていてギョッとした。 公園入口の横は昔はオランダ時代のプールが打ち捨てられていた後もう10年以上前にホテルが建ち今はIbis Hotelとなっているがこれは写真には見えない。このホテルを通り過ぎると左手に奥に行く道がある。確か昔は何もなかったと記憶するがこれを奥に入ると、チリウン河に行きつくまで3棟もに立っているのだ。そこはT 字になっておりチリウン河に添って歩道ともなる道路がきれいに整備されている。

00tim_oct_2014_147

そのこと自体も2014年頃にはTIMの裏手から完成まじかを望見出来ていたものだ。

アパートは33m2~から2LDK主体で我が日本のマンションより立派だ。マンションよりもアパートに乗り換えたくなる。
Menten_parkd9ltow9f

Imagesm9laji5k

屋上プールもあればGimもある。ロビーは広く豪華だ。そういえばここはホテルとして利用されているのだ。2,500円見当でやすい。いつもRpの換算レート自体がおかしいのではないかと思う現象である。
デベロッパーは既にこのブログで語りつくしたアグン・セダユグループであるが9月28日のブログで物件名に記載漏れがあったようだから追記しておいた。
このアパートからはラーデンサレー通りも見下ろし出来るが、あそこも昔の良さが全てなくなり何故かアラビアの街になりつつある。

| | コメント (0)

2018年10月25日 (木)

TIMのJassin文学資料館 

 2010jan24_cikini

チキニのイスマイル・マルズキ公園http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/tim_7574.htmlは好きな公園である。

00tim_plranetarium_oct_2014_95


00tim_oct_2014_93

インドネシアのフォークの父のイスマイルマルズキの名前を冠した文化公園で昔からプラネタリウムが有名だが2~3の映画館もあるが大劇場があり海外からの公演などはここを利用するので新館も建てられた。今年は50周年とかで更にリノベされる。レストランもいくつもあったがどれもサービスが今一つで施設のリノベより、もてなし心のリノベが必要だ。 


Googlemaptim_jassin_center
ところでこのリノベの中にHB Jassin 文芸文書センターが入っている。Hans Bague Jassinは余り有名ではないがインドネシアの現近代文学の作家達の恩人ともいえる文芸ジャーナリストで2017年ゴロンタロ出身(2000年没)である。40年代から文芸誌の編集に取り掛かり、新人発掘や出版を手掛け53年からインドネシア大学で講じ、 63年の政治第一主義に反対した「文化宣言」http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-4653.htmlの発起人の一人となった。 76年から彼が独力で収集してきたコレクションを基にヤシン文学資料館が開設されたものである。名前も埋もれているがこの資料館がTIMにあることを知る人は誰もいまい。小生も何度もほっつき歩いたがプラネタリウム館(或いは市の図書館)の裏手の奥の隅っこにあり、巨大な新劇場との間に埋もれていたことを今日知る所となった。 (入口の階段が樹木の間に見えるだけ)


| | コメント (0)

2018年10月24日 (水)

スナヤンの射撃クラブ

00tembak

00tembak_senayanjpg

この間スナヤンの射撃練習場(クラブ)からの流れ玉が近くの事務所に飛んできた事件があったそうで、早速点取り市長はこの射撃場の移転をぶち上げている。

00tembak_2

あの射撃場は広い設備で一般人も気軽に利用でき小生は出来ないので施設のレストランで旨いビールを飲んだことを思いだす。この辺りは何も高層ビルなどは昔無かったが、今は勝手に何かが近寄って出来たのだろうか インドマルコのニュースを見ると「10/16 国会議員ビルに近くの射撃場から流れ弾2発、幸いけが人はなし。」とある。玉は近くのビルの6階だとか。このクラブでは射撃の的は低い位置にありここから外部に球が飛び出すのはオランダ時代からなかった話である。
ここのお客が事実だとするとクラブのロケーションの問題より実行犯の問題であろう。


議員様は強いと言うことかも知れない。真相は知らないので、この市長なら、ポピュラリズムでやりかねないと勝手に想像されたので、こんなにブロクになってしまった。

| | コメント (0)

2018年10月23日 (火)

JP誌の韓国観光とキャッシュレス

韓国の観光省がアジアのジャーナリスト・ブロガーなどを韓国観光に招待したらしいことがジャカルタポスト誌が報じており味なことをするなと読んで見た。多分イベント自体は台風で台無しだったらしいが色々観光名物は紹介していた。
20181021_2

20181021
ソウルのいくつかの伝統市場は観光地となっており、JP誌はNamdaemunの他に、TonginとMangwon Marketを挙げられていたが、南大門市場は写真でそれと分かったものの、どうも韓国はハングルだから英文になってもチン分カンプンである。ネットで調べると南大門は1414年開設の市場で市場には10,000店舗もの店があるそうだがTonginとMangonは解らなかった。ネットで序に出て来た水産市場は元日帝時代京城水産市場として開設されたらしいが30の卸売商が出ている程度で参考にならなかった。
韓国の売り物はK-Pop、K-Dramaである。その他JP誌の紹介した文章のなかの韓国語の名前には冬のソナタのChuncheon、Daehak-ro festival、Gyeongbok Palace、Theater Yongなど出て来たが心あたりが無いのが残念だ。南大門のJP誌の写真とネットからの写真を挙げておこう。

ところで日本では今頃に日本のキャッシュレス社会の遅れを騒いでいるが、いつものことながらTVの報道の底の浅さにいら立つ。韓国はキャッシュレス社会が9割以上に対し日本は18%である。そして韓国のキャッシュレス社会の日本のTVの紹介はクレジットカードの借金苦問題とかキャッスレスの政府主導は脱税摘発だとかに負の面に偏りすぎである。
また日本のクレジットカード会社の加盟店へのチャージについてはなにも説明なく日本のカードの加盟店は相当高いらしい。だから日本ではクレジットカードは嫌われ、使うことを通常消費者は遠慮することになる。(xx円以下は遠慮下さいと案内してあったり。。)
韓国の実際は主なものはクレジットでなくデビットカードであり、手数料は0.2%とかで宝くじもついており3方良しのように紹介さるべきと思う。 日本の宝くじは独占されているのでこれも日本では採用できないと思う日本人は多い。

キャッシュレス化ではクーポン好きの日本ではそのキャッシュレス化のクーポンがなくなるのが不人気のようだ。 だから政府が景気を盛り上げるのに何か付けたいのであればやはり宝くじだろう。多分韓国は1000円程度で宝くじ1枚で5万円を買おうと宝くじ券は1枚らしく貧富に対し公平である。国民全員が公平に参加できるのだ。もしそうでないならそうすればよい


| | コメント (0)

2018年10月22日 (月)

デルタマスにパナホームや日本人学校も

Images
9月にパナソニックとシナールマスのスマートタウン開発事業のニュースが跳びかった感がしたが、この前触れは1年5ケ月も前にあったのをあまり気にしてなかったのだ。場所はデルタマスであるが、その開発会社プラデルタ・レスタリ(以下DMASと省略、昨日のブログ参照)の親会社シナールマスランド シンガポールの昨年の営業報告書にもちゃんと記載があったもので、そこにはDMASがパナホーム(Panahome Asia Pacific)とスマートタウン開発のJVの署名をしたと報告であった。

Savasa

J/Vの名前はPT PanaHome Deltamas Indonesiaでパナホームが51%、DMASが49%の比率で総面積37ha、2030年までに住民1万人の街(SAVASAスマートタウンと称する)を建設するもので9月のニュースはその販売ギャラリーも出来、第1期13ha、811戸(庭着き2階建て)の予約販売開始のニュースである。
スマートタウンと言うのは特に環境や安全などに配慮したことが目玉で太陽光発電や雨水活用システム、通風・換気システム、カメラや人感センサー防犯システムなどが設置されている。価格は10億ルピア前後か、一方DMASは価格4億程度の低価格住宅も同じデルタマス・ナラヤパークで販売している。


00dsc03445
ギャラリーはあのブカシ県庁・県議会サークルの前のサクラ・パークホテルに隣接している。この巨大なサークルの周りにベカシ県の行政地区として県庁・県議会以下郵便、警察、労働省事務所、宗教・裁判所まで多くの県舎が出来上がっていた。DMASが土地を提供して誘致したのかは不明ながらこれは便利である。教育はEdutownという地域を用意してバンドン工科Sains大学がある他、特に日本人学校がここに出来ることが殆ど確定している。又高速鉄道カラワン駅にも近く高速は37㎞と新たに41.6km地点に新GTが出来る。ここのジャカルタ寄りの隣のKota MandiriがリッポーのMeikartaである。これは先月ブログにした通り行政がなかなか許可が下りてないように見える。

最後の写真は2012年だから今はもっと進んでいると思う。


| | コメント (0)

2018年10月19日 (金)

タウンシップNo.3 のデルタマス

先のHansonグループの15,000haもの住宅地開発はこれからのものであり、過去に単独でブランドを持った開発物件はないので、これら大型住宅地のランキングはやはりBSD、Meikarta、そしてDelta Masになるのだろうか 但し、Jababekaは2,500とか5,000とか計測の問題もあるので後にまわすとして、又Cibuburも全体は大きいがここはシナールマスを含む大手Developerを合計すればの話である。
00deltamas_2012_1


そこでDeltamasであるがこれもシナールマスのものである。但し今はだれでも知っている通り日本の双日が主に工業団地開発の為参加し合弁の形をとっている。工業団地Greenland International Industrial Center(GIIC)は現在 1,300haで会社として全体の開発許可面積は3,000ha(実際は3,200ha見当か)である。この全体の名称がKota Deltamas とコタが付いているのでこれは住居と商業地域或いは医療・教育施設を含むものであるがジャカルタ都市部にもモールの上のハイライズビルと複合させ商業施設と住居+アルファーの小規模なものをコタとかCityを付けているのは多い。例えばKota KasabrancaとかThamrin Cityであるので、これら小規模のものと区分するためにはインドネシア語ではKota Mandiri(自立都市)とか英語ではTownshipを使用すればいいであろう。
20181019_2_2

20181019
そこでこのタウンシップのKota Deltamasであるがこの開発主体の会社名はPT Puradelta Lestari Tbk である。この株主はSinar Mas Land(SML)が53%(株主名・比率は変更あり要留意)、日本の双日が25%である。ファミリーの個人所有もいくらかはあるのかも知れない。会社の会長はMuchtar Wijaja、社長はHONGKY JEFFRY NANTUNGで、副会長と副社長は当然に双日からである。
設立は1993年11月、そしてつい最近2015年5月に上場したばかりである。 商業施設は高速道路からの入り口ゲートウエー及びCivic Greenに用意され思い出すのはイオンが前から進出を計画していた。住宅は全体の22%を予定し 最近パナソニックのパナホームとの開発のニュースがある。

最初と最後の写真は2012年のもの、真ん中は同社の宣伝写真を借用した。

00deltamas_2012_2

| | コメント (0)

2018年10月18日 (木)

元祖シナールマス

Sinarmas

元祖シナールマスと言うのは一寸おかしいがグループ創設の総師Eka Cipta Wijaya氏95歳の事である。
大きくなりすぎたシナールマスグループの事を何か触れるとするとその要は簡単にでも資料化しておく必要があるが、今まで多くのシナールマス登場のブログを書いたが総師については恐れ多くてできなかった。そこでWikipedia程度の受け売りとしてもいいではないかと、全体図の部分を掲げることにした。

氏は福建省生まれ(1923年~)で、中国名は黃亦聰(Oei Ek Tjhong)渡ったマカッサルで中学から商売を初めている。そして1970年にシナールマス社を設立し、大財閥に育て現在事業を紙パ、アグリ(食用油など)、金融・保険、不動産開発、通信、エネルギー・インフラの6部門に分けている。2018年のフォーブス富豪リストでは実質1位の139億ドルである。(世界でも100位見当、日本なら3位グループか) 氏は子だくさんで息子さんだけでも9人+娘8人、それぞれが部門や地域を担当しているが。何人か挙げれば長男トゥグー(紙パ)、次男ピーター(シンガポール)、3男フランキー(インドネシア・パーム・開発)、4男インドラ(金融)、5男フランクル・ジャワール(ホテル・オフイス)、6男ムクタール(BSD)、そして今や孫の時代にもなりつつある。PT Sinar Mas Multiartha Tbk(SMMA)は全体のホールディングではなく金融部門の統括会社であり、グループ全体の頂点の持ち株会社はグループの要として存在するのか不明で多くの国内外上場会社が重層的にある。
巨像のようなもので一挙には触れないので徐々に焦点は好みの不動産に迫りたい、その一歩である。


| | コメント (0)

2018年10月17日 (水)

Kota WisataとGrand Wisata

Kotawisatathumbs
Cibuburの中心地は高級住宅地のKota Wisataであり、先のブログでタイトルのつけようもなくいやになったと言うのは何を言ってるのか解り難いが、

Grandwisatalogo
その前によく似た名前にGrand Wisataという高級住宅地もあり、この二つをシナールマス・ランドのホームペイジで見つけ、更に彼らの物件ギャラリーを見ながらその膨大さ、巨大さ、多岐広範さ、豪華さ、高級さ、花樹と陽光の温かさに驚いた後の感慨であった。


それは今更、この年齢で、この生活の中で関係を持とうとも何の手段もなく遥けき彼方に行ってしまったこのグループに対等に対応できる日本企業ももはやないのではないかとさすら思ったからである。Grand WisataはJAPEK高速道路のブカシの辺りに高速をまたぐ大きな陸橋とその看板があり、そこの専用の高速出口(Tambun)からGrand Wisataに行くことができる。

Gwisata_cibitung_18

Kota_wisata_2012pc050137

そしてそこを長方形の右上とした図面を書くと左下の隅がKota Wisataなのである。従い両社は対角線上でつながる。
Grand Wisataは全面積 1,100haと大型で、2㎞南にアジア一とか言われるWater Park Go Wet ! がある。対するKota Wisataは単独では480haであるがその南の同じシナールマスのLegend Wisataを含めると1,050haとなる。コタの中には美しい公園や設備の数々もあろうが行くことも住むこともできない身には事業チャンスとしてのみの記述としよう。尚TODとしての高速とLRTの路線は共に近くにオープンを待っている。
入り口当たりの自分の写真は古いがアップした。下は位置マップ

Map_kota_legend_wisata

| | コメント (0)

2018年10月16日 (火)

Ba-SAR-Nas

先般チブブールのボーイスカウトジャンボリー地区で、震度7.0の地震が発生、災難者も出た事件が起きたようだが、実際は国家災害救援庁に訓練だった。この国家災害救援庁と言う機関はBadan Nasional Pencarian dan Pertolongan からBASARNASと省略されこの省略形の中に英語のSARが入っており、それは捜索と救助(Search & Rescue)であった。本文にも何も解説はなく報道タイトルがびっくりする内容だったので調べてみたわけだがこのSARには以下のように多くの意味があった。 昔SARSと言うインフル菌の発生も思い出された。又冬が近ずいたのでインフルエンザには気を付けよう。(無料接種の案内もきていた)


1. =Sons of the American Revolution
アメリカ革命の息子たち:アメリカ独立革命の前夜にイギリス本国政策への抵抗を目的として結成された植民地人の大衆組織
2. =Safety Analysis Report
安全性分析報告書
3. =Saudi Riyal
《通貨単位》サウジ・リアル
4. =scaffold-attached region
骨格付着領域
5. =search and rescue
捜索救助
6. =sialic-acid-rich
シアル酸の豊富な
7. special administrative region
《a ~》〔中国・北朝鮮などの〕特別行政区
8. =Special Administrative Region
特別自治区、特別行政区◆中国返還後の香港(1997~)およびマカオ(1999.12~)の。香港内では SARだけで「香港」を指す。
9. =specific absorption rate
比吸収率
10. =statistical analysis report
解析報告書
11. =structure-activity relationship
構造-活性相関
12. =successive approximation register
逐次近似レジスタ
13. =suspicious activity report
疑わしい取引の報告◆マネーロンダリング対策のため、疑わしい取引を金融機関、弁護士、税理士、一般企業などが法執行機関に報告すること

| | コメント (0)

2018年10月15日 (月)

チブブールの驚異

愈々LRTのチブブール線の線路敷きが始まったようで絶好の別荘地が都心と近くなる。12月には開通とか言われているが、チャワンから都心への乗り入れとか接続は触れられてないのでその確認は別の機会にしたい。別荘地と言ったが前から通勤可能な住宅地で今後は更に人口が増えるのだろう。ところで一言でチブブールと言っても色々ある。

Map_cibubur
チブブールの名前が冠せられた場所・施設等の広さは小生の目測では5kmx20kmに渉るようで少なめに見ても10,000haであろうか。そこは県市で言ってもジャカルタ市、ブカシ市、デポック市とボゴール市の4県を掠めるほどだが、行政区分ではCiracas郡の中のCibubur町だけで4.5km2と小さなものだ。Google Mapから作ったその部分では左上の1cm四方程度だ。Jagorawi高速のGT Cibiburがまず中心線でその左手がジャカルタ・デポック、右がブカシ・ボゴールで最左に森林公園(Kehutanan)、南はLegenda Wisata住宅地、右はCitraland 北にインドネシアボーイスカウト・キャンピンググラウンドの色々施設がある。
Kota_wisata_mal

Kot_wisata_1
従いここをBSDやJababekaなどと同じようにコタ・チブブールとひと塊のコタとは言えないが、その中にいくつかのそれより小さめのKota 或いはCity XX と言うのがいくつかある。上記のLegenda WisataやCitralandもそうだが最大はコタ・ウイサタが右の中心地にある。Kota WisataもLegend Wistaは二つともシナールマスでCiputraはCiltraland Cibuburの他にこの南東のJonggol地区に Citra Indah Cityを開発している。この他にもHarvest City やRaffles、Puri xxxなどいくつかもある。以上Cibuburを大掴みにしてみたが、タイトルのつけようがむつかしく大概いやになる。写真は2012年


00cibubur_raffles_hill

| | コメント (0)

2018年10月12日 (金)

バテック・クリスでHansonに行きついた

東京建物のプレスリリースで、プロジェクトに参加させてもらう相手パートナーのダルマ・ミトラ・ウタマの代表者にHandokoとのみ書いてあった。ネットでサーチしても会社名も代表者名も掠らなかった。以前日本の企業が当地で事業をやるのに町の名前がCilincingとかCakungが正しく読めてないものにぶつかったが 騙されてないことを祈る気持ちになる。そして斯く言う小生自体、最近関連不明の名前のラッシュに会っている。こちらは新たな発見のうれしいラッシュである。
00batik_cokro_aug_15_6_2


先ずはHandokoで姓はTJOKROSAPUTROである。父はKasom Tjokrosaputroで1920年代にソロでバティッククリスの事業を起こした(実際のPT Batik Kerisの設立は1970年)事業家である。父は1976年に亡くなったが、設立の時からHandokoが社長で又弟Handimanが1974年来、紡績・ニット部門のPT Dan Lirisを担当している。Handokoは1949年生まれITBは多忙で中退のままである。Handimanは1952年生まれフイラデルフイアの繊維学校卒。
20181012_2

Handimanの娘さんMichelle Tjokrosaputroは1992年パリのアメリカ大学を卒業後自らのハンドバックの事業を起こしてカルフールなどの小売市場を通じて販売していたが、Dan Lirisは倒産の淵に立たされて父の懇願の声で父の繊維事業への愛を感じ後を引き継ぐ決心をした。Global Business Guide誌、Women’s Obsession誌、SWA誌などにも取り上げられている。Bateeqと言うFashion ブランドもクリエートしている。
Bateeq0301


会社の名前はUdan Liris霧雨を意味する。霧雨が撒いた種子に芽を出させ強い植物に育てるというわけだ。Kasomの5人の子供の係累の中で後一人成功者がいる。それがHansonグループのBenny Tjokrosaputra(kasomの孫、Handokoの子息、Trisakti1991 卒)であったのだ。彼はBentjokさんと呼ばれるが繊維から輸送まで41の会社(うち以下5社が上場)を率いている。

1. PT Hanson International Tbk (MYRX)
2. PT Rimo International Lestari Tbk (RIMO)
3. PT Armidian Karyatama Tbk (ARMY)
4. PT Sinergi Megah Internusa Tbk (NUSA
5. PT Oto Trans Indo
この中にはバティックはないが何度も確かめたので一族は間違いない。
冒頭の名前のラッシュという部分の他の名前の一端をを挙げると;
眼鏡のKasoem、
産業大臣Surachman Tjokrodisurjo、
Indika グループ富豪 Wiwoho Basuki Tjokronegoroがいる。


| | コメント (0)

2018年10月10日 (水)

Harapan Indahはコタ

西鉄の3番目の住宅開発The Veranda(Cilandak)はブログで紹介したが2番目のは昨年の事だったか目に留まらなかったようだ。その時同時に二つの状況は説明したがhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-2dc6.html、これはDamai Putra Development社と合弁で同社が開発中のブカシのKota Harapan Indahで総戸数は1,531戸(2棟 2期分、22年竣工)を建設するものだった。
今未だ建設中だろう。

6850774558b7470998bbda305e8755a4

ところでこのHarapan Indahであるが、Kotaという名前を付けている通り、CityでありCityの機能を全てDeveloperの手で用意するもので総面積は2,200haもある。
Damai Putra Developmentは1981年創業以来、ジャカルタ市・ブカシ市・中部ジャワ・東ジャワ地域とインドネシアの広範にわたり不動産開発事業を行っているそうで代表者はBenny Gunawanである。Bekasiに来る迄はMagelangからPurwokerto, Purbalingga, Wonosobo, Purworejo, Salatiga, Yogyakarta, Madiun, Ponorogo, Sidoarjo, Temanggung及びSurabayaで事業を行ってきた。 


044351300_1537418985kota_harapan_in
ブカシでは2013年にモールやオフイス棟も完成し2014年からフルに販売している。彼は68歳であるが、すでに子息Edward Gunawan,はPepperdine UniversityのMBAと University College London の都市開発などのMScを卒業し参加している。教育機関もSekolah BPK Penabur, Al-Azhar 、Universitas Esa Unggul .或いはホテルはSantika Premiereが開業したはずである。ホテルはKota Harapan Indah Mallを持つ16階建ての上層である。難点は若干遠いとかバス使用となる点である。 その後2,200は2,500haとなっている。


| | コメント (0)

2018年10月 9日 (火)

15,000HAの住宅地 Hanson


Hanson_maja_3

恐ろしい話に出会った。首都近辺の新都市開発でシナールマスのBSDが6,000ha、続くのかリッポーのメイカルタが5,000haを知ったあと続く新都市開発をシリーズで探そうと思っていた矢先なんと15,000haに出会ったのである。知る人は知るのであろうか、既に2013年頃からの話である。今はHanson International Tbkのハンソン・グループであるが社長のBenny Tjokrosaputraは自らの会社Mandiri Mega Jayaを1973年に設立し1984年からSoloで住宅開発を始め現在は400haの住宅地をやった後首都圏に進出し90年にこれを子会社化する形で上場し、金融危機で放出する土地を購入し今まではむしろ大手ディベロッパーの為に土地を供給してきた(過去10,000haを供給)が2009年からの住宅開発ブームで自らもデベロッパーに注力する方向を変更、従来から鉄道駅アクセスある遠距離地を手当てしてきて今は4,000haを首都圏で持ちローコスト住宅供給に転身するが、この株主割当で増資し資金15~20兆で更に土地11,000haを手当てしようとするものである。
Hanson_maja_1

過去Ciputraと460haを共同開発してきたが今後は独力或いは中韓台香の企業を呼び込んでやろうとするもので現在保有地はバンテン州Maja地区(Balaraja, Tigaraksa及び Cikande県にまたがる)が中心で今後の手当含めBogorやSerpong地区を狙っている。やはり華人のスケールは大きいと感心する。15,000haと言えばパリの面積を越えた1.5倍である。
>

Hanson_maja_2


写真はgoogoleMapより。借用。行ってみることだ

| | コメント (0)

2018年10月 8日 (月)

Ciptra Residense のCitra Premier

次から次とジャカルタではデラックス レジデンシアル アレアが開発されるニュースが流れるが、これらのニュースにはロケーションが明示されてないのでこれを探し当てるゲームにはまることが出来る。

Citra_garden

その中でも難しいのはチプトラかもしれない。まずはこの名前からスペリングがあやふやになる。元の謂れはCinaのPutera(或いはPutra息子)であることのだがこのままCiputeraなのかCiptraなのかに或いは変化させたCitra(イメージの意味)も使っているので確かめねばならない。グループの会社名はCiputra Development TbkとCiputra Property TbkとCiputra Surya Tbk(Tbkは上場会社の意味)があるので Ciputraが正しいのだろう。開発済みのプロジェクト名を挙げると 住宅関係だけ且つジャカルタだけにするとCitra Garden City、Ciputra World、 CitraLake Suites、Ciputra Mall、Citra Grand Cibubur、Ciputra International、Citradream 、CitraHome Apartment、Sommerset Grand Citra、Ciputra Residenseとなる。殆どロケエーションを冠したものはなく将に普通名詞に近い。

00citra_lotte_world22mar15_69

Citra_lotte_world22mar15_27

00ciputra_hotel
念の為Ciputra Propertyを見るとこれは子息4人が1994年に設立し開発物件はWorldとMallとHotelが主で全て名前はCiputraが冠されているようだ。(SammasetはWorldの開発地の一角でその前からあった)
PT,Ciputra Suryaの開発案件は例えばCitraLand Surabaya、CitraGarden Sidoarjo、CitraGarden Lampung、Ciputra Golf & Family Club Surabaya、Ciputra World Surabaya、Universitas Ciputraなどがある。主としてJawa外であるが、ここでもCitraは住宅だ。

最初に上げたCitra Garden Cityは飛行場の近くのKalideres地区にある。ところがGarden Cityは1984年からCiputra Residenseにより開発されたとされており、それで気が付いたが、Ciputra Developement tbkを頂点とするグループ企業にあと1社非上場でCiputra Residenseと言う会社があったのである。又Citraは主格のCiputraが作った目的格の住宅に付ける名前かも知れない。
所でこの9月4日にニュースで報道された新しいコンセプトのシニア 向けresidenceはCitra Premier by Living Well云々と言いCiputra Residenseが豪州の会社リビング・ウェル・シニアーズ・コミュニティーズとの合弁で作った高齢者向けクラブである。50歳以上のシニアに家の外での活動に参加する場所とイベントなどを提供するようだ。インドネシアでもシルバーロングステイの時代になってきたのかな

Citra_premier_goo


| | コメント (0)

2018年10月 6日 (土)

9月度インドネシア投資環境:ニュースは停滞、8月と共通

*大型地震 2件 * Rp暫安で輸入抑制 *プルタミナ女性元・現社長に司直の手
*大統領選白熱 政治不寛容 *高速道路建設は進む *日本の鉄道会社不動産投資 
*韓国勢い $62億経協、現代SUV生産、斗山火力、現代EGディ工場 地震見舞一番乗り

以下記録
9/5  京阪電鉄不動産とナイス、ジャバベカとチカランでゴルフ・リゾート開発計画。
9/13 ダイセー・ログ・インドネシア、GIICで物流倉庫建設
00rumine2016

9/20 ルミネ、プラザ・インドネシアに12月オープン。
9/26 西鉄、チランダックで分譲マンション合弁開発へ、総事業費71億円
9/5  貿易赤字抑制で1,147品目の輸入PPh22税率引き上げ
9/26 首都の埋立事業は停止、計画あった17島のうち13島の基本許可取り消される。
9/24 政治的不寛容が増えている:イ調査研究センター。来年の大統領選に向けて注意。
9/18 リンタス・マルガ、クルタジャティ高速道、融資8.9兆ルピア獲得。
9/14 首都外環第2高速道は来年の開通目指すと公共事業相。
9/26 チネレ~セルポン間高速道路建設に国有3行とBCAによる協調融資9,500億ルピア。
9/27 デポック間高速道(全長21.6km)一部開通、アンタサリ~ブリギフ間5.8km。
9/28 中スラウェシでマグニチュード7.4、3mの津波も発生。死亡被災急増中  Oct8で5,000人も予想 RIP...

| | コメント (0)

2018年10月 4日 (木)

ジャカルタの東京リバーサイド

Pik2_5


東京リバーサイド等と言う魅惑的な記事を保存していたのを、頃合いだと開くとまたアグンセダユに出会った。そういえば9月28日のブログ「アグンセダユのGalaxy Town」で上げた同グループの物件リストの中にPIK2とかパルタイ・インダー・カプックの名前があったがそれと関係するらしい。

Pik2_1
ジャカルタ・ベイの人造島の真向かいに見る地区で大昔行った時は、もうはずれで、のどかさがあった。当時其処にTsu Chiの礼拝堂があったが今回のこのシリーズではアグンセダユに近いPulauIntanが建設したものである。グループの本社ビルもPulauintanが建設したものの如しで文章で確認したものは出会ってないが両社も非常に近い中かも知れない。

Tokyo_riverside_picsart020602_orig_
PIK2と言うのは当時から地区の名前であると思っていたが今見るとなるほど地区の公共的名前には違いないが、彼らが開発する一帯の都市の私的名前でここに東京リーバーサイドや大阪リバーサイド(道頓堀)、旭川など地名を付したアパートがある。全体で1,000haの中には広い空間の中で緑地やガーデン、湖水、白浜、Waterpark、Lotte Thema Park、Shibuya Shop Arcade、UGM、Prasetiaなどなどが計画に見える。日本人が昔、欧米の都市に留学し西欧の文化・文明に圧倒されたようなことが、今にここジャカルタで日本人を襲うのではないかと心配だ。Aguan氏が何故日本の名前をつけているかも事情は知らないが小さいStudioタイプの部屋など多く用意したのが氏の日本イメージなのだろうか、シルバー世代のリタイヤ―ヴィザ用かもしれない。だからかここの価格帯は数億ルピア、つまり日本の1/ 10過ぎないので第2第3の別荘も構想できる。


| | コメント (0)

2018年10月 2日 (火)

西鉄・プラウインタン勃興飛躍

わが故郷の西鉄が又ジャカルタで住宅開発に参加したニュースがあった。日経やジャカルタ新聞の報道は有料であるので同社のプレスニュースを当たって見た。
00pulauintan_cilandak_1


今回のは南 ジャカルタチランダックの地下鉄始発駅ルバックブルスの近くで、現地PULAUINTAN社(社長Pia Sudarto)と共同で分譲マンション「ザ・ベランダ」4棟、663部屋を開発すると言うもので来年着工し23年竣工予定とのことだ。これでロケーションはかなり明確である。実際にGoogleで行って見ようと思い立ち探したがその近くに Veranda Pondok Indahと言うのは見つけた。ここはMRT Terminal Lebuk Bulus の南でもう少し南西側にで10年もむかしだったか決壊したSitu Gintungという貯水地があった。Pondok IndahはLebak Bulusの北の高級住宅地なので名前を借用したのであろうか。
00pulauintan_cilandak_2


Googleのカメラ隊はいつ廻ったのか知らないがその辺りの空き地は既にクレーンが二本立って工事の囲いがしてある。施主が解らないので再度VerandaとLebak BulusとPulauintanのセットで検索したら引っ掛かった写真はもう建設は仕上がりTopping風景である。これはよくよく見るとLebak Bulusは無視され、Puri Pesanggrahanで2016年の出来事だったことがわかったがこれも彼らのプロジェクトには違いない。


何せ彼らのサイトのプロジェクトリストは15ケ所が14頁に亙って(約210件)が名前と写真がありそれぞれクリックすると又写真が出てくる充実さである。それも大型のものでありこれだけの不動産開発会社(大手は上場)は見たこともないが此方は総合建設会社で最近でこそ自ら開発も行ってきたものだろうと推察した。インドネシアの不動産業界は華人の開発会社(施主)は大手がきらびやかにあり、その建設会社は国営大手中心に5~8社程度が有名だけで、民間上場は皆無なので疑問視していたもので今頃その一つ(非上場ではあるが)を見つけたことになる。なるほど少しは見た記憶がある。
西鉄はこれがジャカルタ第3弾で第1弾は先にブログした日系4社共同のBSD案件であり

00kota_harapan_damaiputra_2_2

2件目はブカシの開発会社Damai Putra Development社(代表者:ベニー・グナワン)のKota Harapan Indahで総戸数は1,531戸(2棟 2期分、22年竣工)を予定している。地方鉄道の西鉄も相当なものであるが、インドネシアの中(?)堅企業の成長も驚異である。

Pik3425b

数ある施工の中からこれは彼らのサイトの説明ではThe Head Quarter of Agung Sedayu Group and Salim Groupとある。


| | コメント (0)

«アグン・セダユのアグアン