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2006年8月20日 (日)

前田精海軍武官府

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独立宣言起草記念館
独立記念日の翌日、一寸気になったので独立宣言記念公園と独立宣言起草記念館に行ってみた。気になったのは独立宣言文の年号である。どちらの場所も独立宣言文が銅版や大理石版に刻まれたものがあるがこの年号は本物と同じ年号つまり'05年(皇紀2,605年)であった。流石にこれを1945年に書きなおすごまかしは出来なかったのを確認してほっとしたものである。
記念公園は子供達が遊んでいたが、整備がなされていないようで痛みが激しく、且つ公園内に立つ大きなビルは開拓者の建物(Gedung Perints Kemerdekaan)と名付けられているが埃まみれで四周を金網で囲まれ本来の目的には使われていないようであった。

そこから2kmほど離れた元海軍武官府に回ってみたら3人の伝記展示行事をやっており、既に閉館の時間を過ぎていたが入れてもらえた。3人というのはDewantara、B.M.Diah及びSupomoのことであるが、時間が無いので内部の写真を数枚撮るだけでおわった。16日未明に急進青年派(スカルニ、シャイルルサレー等)に拉致された後、日本軍政官事務所の西村総務部長に独立を認めてもらう為交渉、西村部長は無条件降伏後の独立支援で天皇に類を及ぼすことを配慮しこれを断ったが持って行きようのない怒りに手を差し伸べたのが前田少将でその武官府の設備を提供したことになっている。中にスカルノとハッタとスバルジョの3人の銅像が並んで飾られているが、スバルジョは独立宣言をさせると言質を与え拉致事件を救った人である。中に飾ってあった前田少将がスカルノ達と談話する絵とスカルノが手書きした独立宣言文をタイプするジオラマ及び暗いが起草したときのテーブルのある部屋をMy Fotoに収める。

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