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2006年9月14日 (木)

スタンシャフリルのジャカルタの家 

Danau_shahril_028
英雄叙勲は大統領決定書で出されているが客観的基準はないようだ。従いスタンシャフリルもシャフルディン・プラウィラネガラも国民英雄となっていることが不思議だと書いたが、一部の国民が不満で迎え入れなかったということだけでマイナスになることはない。その時代に生きた一人の人間の全身全霊を込め、私利私欲無く国家に尽くし、そして晩節を全う出来た生き様こそ価値があるのである。 小生の基準から行くとスハルトは英雄になることは難しくなろ。
しかしチエン夫人は確か英雄として大統領自身が決めたはずで大統領の夫がならないのもおかしくなる。
ティエン夫人の名前のスラウエシにあるようだ。

「スタンサフリル追想」と言う本の中でスタンシャフリルがジャカルタに住んでいた家が登場するが、それは当時のジャワ通り、現在はチョクロアミノト通りである。ちゃんとNo.61とまで書いてあったので早速探しに出かけた。
渋滞の中道路番号を読みながら探し当て写真を撮ったが、今は誰も住んでいない茅屋である。インドネシア最初の総選挙で国民の支持が得られず惨敗、立身出世主義の輩にはざまられ、体質的に合わなかったスカルノの無定見な投獄処置と折からの病気で外国で逝ったスタンシャフリルの悲運の人生を表すようであった。 但しこの家が本当かどうかは確認できていない。写真はJakarta Tempo Duluに入れておこう。

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