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2006年9月 1日 (金)

メンテンの公園 タマン コドック

Kodok_006
歴史あるサッカー場を取り壊してグリーンパークにする話を取り上げたが、グリーンパークなら仕方がないと反対者が受け入れやすくする口実だと邪推したことが半分当っていた。話はこうである。ジャカルタポスト誌に蛙公園の記事があったのでこれを訊ねて見たのである。スロパティ公園の直ぐ近くにあり、公園は鉄柱の塀で囲まれて乗り越えねばはいれない、公園の役に立ってないとクレームした記事であった。スロパティ公園で聞けば直ぐ判ると思ったが誰も知らない。ふと見ると公園の周りの道の一角に出てくる一方通行の横道があるのが目に付き、此処を探そうとT.Umar通りからM.Yamin通りに出て迂回して近づくよううろうろしているうちにそこに公園を見つけた。確かに鉄柱の塀が胸辺りの高さなので小生には乗り越えられない。周りを3/4周して鍵がはずされた入り口があり、中に入ることが出来た。中は樹木と歩道が配置された程度で一人の青年が本を読んでいた。公園の真ん中に蛙の彫刻がおいてありこれが公園の名前の由来であった。
うろうろしたので方角が判らず付近を歩いてみるとこの公園はなんと例のサッカー場の直ぐ横にあったのである。この辺りには公園が無いからグリーンパークにしようと言うその横にちゃんとあったのである。この公園もサッカー場と同じく古くオランダ時代からのものである。


メンテンの公園 ダナウ レンバン 8月30日
都心のこんなところにと驚く大きな池がある。ここは1977年に整備されて公園となったが元々自然の湧き水と雨水で池となったもので直径は200メートルもあろうか
池で釣り糸をたらしている若者が二人、キオスクの親父の話では今までに5kgと8kgの大物を釣ったことがあるそうである。池の周りには何組ものアベックが寝そべっていたが可愛い子は居なかった。
1977年に突然池が出来たわけでなくこれも親父の話である。メンテンは1910年代に街づくりが始まったもので、その当時の地図など見るとちゃんとこの池は存在している。

スロパティ公園からも歩いて5分程度、チキニとHIをつなぐGresik用水路の道(Moh.Amin)から入り込んだJl.Lembangにあるが、この辺りは高級住宅地であり、ここを離れて用水路を越えてTeuk Umarに向かうとその道には樹高20メートルの太い椰子が50本ほど並んで植えられて車の通行も殆ど無い更に閑静な場所となる。地図をみると道路名はSuwiryoで元の名前はJl.Palem(棕櫚)とある。その道路から右折れする道の一つがチェンダナでスハルト氏の自邸である。
高級住宅地からチョクロアミノト通りの雑踏を30分のほど歩いてみたが、その間に
ふら付く浮浪者3人ほど出くわした。

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