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2006年9月29日 (金)

チキニ ホスピタル RS. PGI Cikini

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Raden Saleh Hospital 9月29日
ラーデンサレーのマンションを再度見ようと訪ねてみたが所在する病院の裏の方に行く道が見つからずギブアップしたことがある。今日考えると訪ねた病院はチプト マングンクスモ病院でこれはデポネゴロ通りの先のクラマットラヤ通りのインドネシア大学寄りで、訪ねるべきは隣のラーデンサレー通りのチキニ病院であった。どちらも由緒あるオランダ時代の名残があったので間違ってしまった。
チキニ病院はバタビアに赴任したde Graaf伝道師の妻のAdriana Josinaの働きで実現したもので、デポックで教会の医療サービスに携わってきた彼女は1895年一時帰国の際にエマ女王に嘆願、10万ギルダーの寄贈を得て建設したといわれている。1897年にラーデンサレーキャッスルが建てられ1年後クイーン エマ病院(Koningin Emma Ziekenhuis)として発足した。(購入したとされている)
今日まで貧しい民衆まで手を差し伸べる24時間体制の病院を貫いてきたがその経営は苦しいものがあるようだ。彼女は更にウイルヘルミナの援助も得て奉仕したが1931年に亡くなった。
日本占領時は当時の名前通りチキニ病院として兵士専用の病院となったが独立後、保健省―インドネシアキリスト教会団体が経営するRS.PGI(Persatuan Greja Indonesia)Cikiniとなったものである。病院の裏側にラーデンサレー(1811-1880)のマンションや教会などがある。

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