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2006年10月23日 (月)

イスラム政党はNOか

先のLSIの調査では、インドネシアではイスラム政党は総選挙で勝利することはない結果を示していると報告されている。
イスラムの学者の故Nurcholish Madjidは1970年代に“IslamはYes, Islam Party NO!”と言い多くの議論を生んだことがあった。トルコやチュニジア、アルジェリア、ナイジェリアはイスラム政党を禁止しているが軍部で押さえつけている部分もあり、インドネシアのモデルにはならない。
1945年の建国時の憲法論争でも2000年と2002年の憲法改正でもインドネシアをイスラム国家とするか世俗的国家とするかの論争は唯一神の崇拝を重んじる文言をいれて、世俗主義が勝利した。イスラム政党は今、疑われない地方地域でシャリアで治める方法を取り、1州と20地域で成功した。
政治において宗教を軽んずることは、非常に危険でポソやマルクでそれは示された。イスラム政党はイスラムを掲げてキャンペーンをし続けるだろう。選挙に勝たなくとも議席を取るのには十分である10-20%はとれる。彼らには国の改善の為のビジョンは無く政党は商品である。
ヌルホリスの名誉のために彼の言葉を再点検してみると、問うべきはイスラム国家やシャリア社会とするべきかではなく、イスラム政党の存在はインドネシアの将来にとって利益があるか或いは有害であろうかということである。
とジャカルタポストは述べている。この論者は有害だと言っているのであろうか。
個人よりイスラム共同体ウンマを第一義とするイスラムでは政治は宗教と不可分であろうが地理的共同体でなく自分達だけの心の共同体を追求するのが良いと思う。その世俗的寛容さがイスラムの歴史で世界に迎えられ広がった理由でもあったはずだ。

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