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2006年10月21日 (土)

真実は日本でなくドイツに学べ

ジャカルタポストがインドネシアの過去の歴史の真実を今こそ知らしめるべきと主張している。この社説を紹介しよう。インドネシアでは特に政界のねじれの影に多くの人権侵害の事実が隠されている。2004年メガワティの時代に真実調停委員会が設置されたが2年経っても政府も国民も人権侵害の過去を暴くことに消極的である。
スハルトの時代は軍によるアチェGAMに対する残虐事件や東チモール の虐殺事件等数え切れない。1998年のトリサクティでの学生銃撃事件や1998年動乱もあったが政府は一度もそのような組織的虐殺から市民を守れなかったことに対し犠牲者に謝罪したことはない。
ドイツはこの点で良きモデルである。ドイツ政府はヨーロッパとユダヤの人々に謝罪しこのナチの謀略は子供達が2度と同じミステークを犯さないよう教科書にも記載されている。1970年にブラント首相はワルソーのゲットモニュメントに臥して謝罪した。この懺悔でドイツはヨーロッパの和解に大きく進歩した。
一方、大陸の反対側では、日本と隣国との間の関係には歴史の重荷が背をわされている。日本の第二次世界大戦時の暴虐はドイツのそれに劣らず残酷であった。悪名高い731部隊の不快きわまるバクテリアの人体実験でその後生きたまま解剖した事件もあった。又アジアの何万人もの慰安婦の悲しい運命や南京でのレープと略奪事件もある。日本のリーダーは1995年まで社会党の村山首相が日本の戦時の過去の謝罪を発表するまで謝罪することは無かった。しかし日本の謝罪は隣国からは誠実と見られることはなかった。 小泉純一郎首相など数名のリーダーは最も厳しい戦争犯罪と宣告された者の遺骨も含んでいることで批判を呼ぶ靖国神社訪問を続けている。中国の李肇星外務大臣はこれに対しもしドイツがヒットラーやナチス関連する所を訪問したとしたらヨーロッパどう思うであろうかと言った。
又日本の教科書問題もある。そこでは第二次世界大戦の日本の暴虐を軽視し、慰安婦については触れられていない。これが2005年に中国や韓国で反日暴動のきっかけであった。日本は国連安全保障理事会の席を狙ったが二つの隣人により反対された。 一方ドイツの方は敵国であったフランスにより支持された。
日本のケースは本当の和解は、完全な行動により真実をのべ過去の誤りに対する後悔を誠実に表現することによってのみ達せられることを示している。
―省略―
政府はドイツから学び過去の見苦しい事実を明らかにすべきだ。我々は1965年9月30日事件によりなくなった500,000人以上の死者に責任を負っている。
歴史学者George Santayana は言ったではないか“過去を思い出せない者には追体験させるべきだ”と。

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コメント

There was about to tell your own wisdom will be young men I got but one never knows whether the ship could be.

投稿: ruskin seafood festival | 2007年2月 1日 (木) 16時57分

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