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2006年11月23日 (木)

Tugu村とクロンチョンの起源 11月22日

以下はあるインドネシア人の調査論文の一部である。「マラッカはオランダの艦隊が取って代わった1641年まで、1511年からポルトガル軍のコントロール下にあった。彼らは殆どがベンガルとコロマンデル出身の傭兵で彼らはバタビアに奴隷として連れてこられた。
これより先、第3代総督クーンにより、1620年代にバンダ諸島を征服、この地から追い出されたポルトガルのゴアの船員グループもバタビアにいた。彼らは ローマカトリック教からのオランダの改革教会への改宗をする事で、奴隷制度から解放されて、そして 自由の身(mardijkers と呼ぶ)となった。
Tugu村はこのBatavia時代の mardijkers に起源したと考えられる。 しかしながら、調査により、この社会は、バンダネイラから避難してきたゴア船員グループを起源とすることが判った。ゴア船員は彼らの軍艦がバタビア湾に沈められたとき、当座の村を設営した。
バタビアのポルトガル教会(Portugeesche Binnenkerk)の介入により、1661年、オランダはバンダネイラからの家族と共に彼らをこのTugu 村に送り、解放した。
彼らがToegoe社会の最初の第1世代を形成した。 彼らはポルトガルのCristao語を話し、8世紀当時のポルトガルであるルジタニアに入ってきたムーア人起源のポルトガルのダンス音楽であるMopresco(注:Moresco)を財産とした。モレスコ ダンスはかってはポルトガルのエリートの娯楽でありその音楽はリスボンやコアンブラではFado(運命の歌)として知られる人気のある音楽であった。」
このモレスコ音楽がクロンチョンの起源でもある。」

この論文ではTugu村のポルトガル系はマラッカからの囚人奴隷でなくマルクからの囚人奴隷であると言っているようであるが、ある資料によるとバタビアの人口で一番多いのはMardijkersである時代もあり、Tuguだけに住まわされたのはその極一部であったと思われる。バタビアのポルトガル教会シオン教会は1695年完成でDe Nieuwe Portugeesche Buitenkerkと呼ばれるので別物であろう。

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