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2006年11月 5日 (日)

Yudhoyono 対 Jusuf Kalla

ユドヨノ大統領とユスフカラ副大統領が対立していたUKP3R(改革・プログラム担当機関)の設置問題は4日、ナフダトゥールウラマの (PBNU)のハシム ムザディ会長によるとどうにか凍結された様である。これは副大統領ユスフカラがユドヨノ大統領と3日金曜日に大統領官邸で会って決定されたもので、ハシムはこれについて4日、デイポネゴロ通りの住まいでカラ副大統領と会った時に聞いた話であると説明し、その際副大統領はマルシラムシマンジュンタクが率いるその機関は既に凍結され、もう活動することもないと語った。ハシムはUKP3Rはカラ副大統領が言うように各閣僚の業務は明確でありそのような機関は確かに不必要で、これはシステムが混乱しておりユドヨノ大統領の指導性の弱さを表すものだと語った。

問題はインドネシアの内閣は法律上大統領が率いるシステムであるが実際は存立する政党の委任を代表するものとして割り当てられた閣僚議席若しくは議会の議席数に引っ張られる度合いが強い。
従い好むと好まわずに関らず全ての閣僚は大統領と政党と言う二人の司令官を持ち微妙である。
従い彼によればユドヨノ大統領はよりリスクのある内閣改造に消極的となりリシャッフルしないままそのような委員会を設け閣僚の権限をそぐなど一方的に傾きやすいと言う。

カラ副大統領は連立与党のゴルカールから送り出されたものである。カラ氏との相克は今までも何度も取りざたされており、既に次期大統領を狙っての動きが活発化したもので政情不安は今後益々目を放さない。

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