« 劣悪なBakrieの電話サービス | トップページ | 地域防諜機関Komindaを設置か »

2006年12月 8日 (金)

Karya II Hotelしかないが。。

Museum_nasional_sejalah_nov06_057
先日手にした本「運命の長女 メガワティ」の冒頭に作者が宿泊したという殆ど知られて無いホテル名があったので訪ねてみることにした。本の該当箇所を拾うと「その宿はジャカルタの中心地、チキニ病院の真向かいにある。チキニ病院は、かって芸術愛好家の初代大統領スカルノがこよなく愛した画家ラデン・サレの自宅だった。この24時間体制の救急病院には、救急車が騒々しいサイレン音とともに出入りする。病院前のラデン・サレ通りには屋台が並び。。バジャイと呼ばれる自動輪タクやバイクのエンジン音がけたたましく鳴り響き、バスが停まり発車するたびに黒い排気ガスで噎せ返っている。そこが宿であることを知る人は実に少ない。表にはドクトルギギ歯医者の看板が掲げられているだけだ。しかしその奥に足を踏み入れると、まるで隠れ家のように不思議な空間が広がっているのだ。初めてここを訪れた時は、余りの暗さに泣きたくなった。入り口には小さなレセプションが設けられその脇のソファで口ひげを生やした男達が。。テレビを見ている。。ところが翌朝目覚めると、そこは別世界であった。可憐な中庭がしつらえてあり、大きなマンゴーの木が屋根を突き抜けて空まで伸びているのである。。。この宿の主人は大陸からやってきた華人である。。。1966年に宿を建てたのである。。。」
作者は秋尾沙戸子さんである。共通点もあるが全く違う点もあり不思議であるがチキニ病院のまん前にある唯一のホテルはKarya II Hotel(Jl.Raden Saleh No.37 Telp:3192-5078)だけである。
写真は一番奥からレセプション(左手で見えない)の方に向け撮ったもので、レセプションの前の可憐な中庭と大きくはないがマンゴーの木があり籐イスのソファもある。表の通りからは奥まっており薄くらい所はここに違いないと思わせる。このホテルの隣は新しいビルが立っていたが近所の人に立つ前はホテルがあったか聞いたがそれはないと言う。あれば二つあることになる。創業者の写真が飾ってあったがレセプションの男はプリブミと言うところが腑に落ちない。それにしても誰が作家女史にこの宿を紹介したのだろう。

|

« 劣悪なBakrieの電話サービス | トップページ | 地域防諜機関Komindaを設置か »

ジャカルタ(人)の暇つぶし」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Karya II Hotelしかないが。。:

« 劣悪なBakrieの電話サービス | トップページ | 地域防諜機関Komindaを設置か »