« インドネシアの携帯電話状況  | トップページ | 単車の乗り入れ禁止と子供の勉強義務 »

2007年1月10日 (水)

ジャカルタ南北線の渋滞の理由

ジャカルタは今バイクの交通規制とか新たに導入されようとしている。渋滞解決策については別途論ずることは簡単に出来るが、DKIから聞きに来ることは未だない。道路に付された英雄名を今度はスデルマン以外の南北線で拾ってみよう。
エス.パルマン/ガトットスブロト/ハルヨノのジャカルタ中心を横切る高速の通りを南北に横切る通りでスディルマン通り以外の通りを見ていくと、先ず①このガトットスブロトとスディルマンとで黄金の三角形といわれる形を構成するのがRasuna Said通りでクニンガンを通って来てこのマンパンでガトットスブロト通りと接しその南側はマンパンプラパタン通りにバトンを渡す。
②パンチョランの通称7UPの大彫像のサークルの北側にProf.Supomo通りがあるがこれは北のマンガライから始まったProf.Dr.Saharjo通りの流れでテベット辺りからガトットスブロト通りまでを 担当しそこからの南側の道はパッサールミング通りとなる。
又③チャワンの一寸手前で北側を通称OTISTA通り(Otto Iskandar Dinata)と南側をDewi Sartika通りというのがある。
④エスパルマンの方に目をやると、スリッピから南に下っていくグローラ通りがジャカルタ一長いその名もパンジャン通りと合流しTeuk Nyak Arif通りとなりクバヨランラマからポンドクインダー迄をSultan Iskandar Muda通りと名前を変えて繋がっていく通りがある。以上少し複雑であるが、全て人物名のこの①から④のたった4本の線が全てであり、それしかないからメーンのスディルマン通りが渋滞するはずである。今はスデルマンが3in1で保護されて他の道路のほうがより渋滞しているが。。

|

« インドネシアの携帯電話状況  | トップページ | 単車の乗り入れ禁止と子供の勉強義務 »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ジャカルタ南北線の渋滞の理由:

« インドネシアの携帯電話状況  | トップページ | 単車の乗り入れ禁止と子供の勉強義務 »