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2007年2月20日 (火)

ウィルヘルミナパークのイスチクラル モスク

Istiqraltower
アジア一と言われるIstiqlalモスクはオランダ時代はラパンガンバンテンに隣接しカシドラルの教会の前で、女王の名前を取ったWilhelmina Parkと言う広大な公園地帯であった。ここにはアチェ戦争に勝利した記念の塔statue of Athenaがあったが現在はないく、ここにはチリウン川をコタのほうに回すのとグヌンバハリにまわす角に今でも水門がある。
ウイルヘルミナパークをイスティクラル・モスクに変えたのはスカルノの時代である。彼の時代に多くのオランダの遺産が破壊されている。市電も今考えるとバスウエーよりよかったのではないかとおもうが。。イステイクラル・モスクはプロテスタントのオランダ人Friedich Silaban氏の設計で彼はスカルノのモナス、スナヤン競技場、ボゴール市長邸を設計している。

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