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2007年3月 7日 (水)

Mesjid Al Mansyur < = > Al Anwar:メスジッドアンケ

Angke
モハマッドマンシュールが預かったメスジット・アル・マンシュールのモスクデザインは純粋なイスラムでなくヒンズー・ジャワ・中国・アラブの色彩を混合した文化の名残で、これとよく似たモスクは隣のアンケ地区のメスジッド、アルアンワールである。こちらのメスジッドはアンケとも呼ばれる。
アル・マンシュールのドアーはチーク材でジャワ彫りがあり、屋根の線はヒンドゥ、イマムの場所Mimbarはアラブの緑で彩られ、デザインは中国系ムスリム商人の影響であるらしい。住所のLioは中国語ではgenteng(瓦)を意味する。ここに昔はスンダクラパに繋がる川があったそうで五つの橋がかかっていたが現在は川も消えこの地区の名前にJempatan Lima(五つの橋)と名前を残している。
隣の地区アンケにあるメスジッド・アンケは1761年に、中国人モスリム(女性)が建設したとされる。彼らは1740年の中国人大虐殺事件のあとバタビア城から逃れここのバリ人ムスリムと結婚し同化した。ここにはポンティアナクのスルタン皇子Syarif Hamidの墓があり神聖なものとされている。此方のメスジット・アンケの方が歴史的建物として保護されている。写真はアンケの方であるが二つは見分けが付かない。

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