« Passar Baroeのマタハリ | トップページ | パンチャマルガ青年隊(PPM)は今 »

2007年3月 3日 (土)

何故か平城と姉妹都市

スティヨソ知事が北鮮のピョンヤンと姉妹都市としての覚書に署名した。相手は北朝鮮の特命全権大使というから相手は市ではない。貿易と繊維協定が目的であるがスティヨソはピョンヤンの交通システムを学びたいと言う。時々わからないことをするのがインドネシアだ。
ステイヨソ氏も姉妹都市がお好きらしく彼の時代にバンコク、マニラは良いがモスコーも中にはオフイシアルになったのかわからないがタナーバンの繊維の組合に押されてかMabuto (Mozambik)や南アフリカの州の名前も出ている。
ジャカルタポストにはこれで11都市として下記の名前が挙がっている。
ソウル、ロスアンジェルス、モスコー、東京、北京、ベルリン、イスタンブル、パリ、ロッテ、豪NSW州である。バンコクとマニラの名前はない。DKIの公式ウエブにも姉妹都市の頁はない。どうもインドネシアは合計が出来ない国である。境界がいつもぼんやりしている。
北朝鮮とは容共的スカルノ時代に親密になって以来の事らしいが、7ケ国会議にも参加したいはずである。スハルト時代はG-9になりたがっていた。
それより独立戦争のときバックアップしたインドと姉妹都市を結ぶべきだとおもうが。。
どうもインドネシアは中庸ぶって反抗心をみせるところが好きになれない所である。

|

« Passar Baroeのマタハリ | トップページ | パンチャマルガ青年隊(PPM)は今 »

ジャカルタ短信」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 何故か平城と姉妹都市:

« Passar Baroeのマタハリ | トップページ | パンチャマルガ青年隊(PPM)は今 »