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2007年3月 5日 (月)

史跡 メンテン スタディアムの変身

オランダ時代の1921年に作られた由緒あるメンテンスタディアムの取り壊しニュースを昨年8月25日に伝えたが早くもここに施設が出来上がって4月に一般公開するという。タマン・メンテンと言う名前の施設で3.5ヘクタールの土地にガラス張りのピラミッド的建物が二つほどで心臓強化体育地区(Arena senam jantung sehat?)、バスケット場、フットサル、バトミントン(bulu tangkisとはコリャ又)、自転車sepadu roda?、ジョギングトラックなどである。
他に3階建ての駐車場(175台収容)がある。 公共スポーツ施設を取り壊しただけに発表には植林の話もあり、サウォ、フランボヤン、メンテン(メンテンの語源となった木)、その他やし(Palam)類を植えるそうだ。
苦言二つ:役人の言葉はわからない、レバランで閉鎖すべしとする遊興施設でもピンボールや身体リフレッシュクリニックと訳して見た時も悩んだものだ。
この施設には320億の市予算を使ったそうだが、何か錬金術でも見付けた感のあるインドネシアである。

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