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2007年4月24日 (火)

モルッカ諸島はマルク諸島

ポルトガルが16世紀始めマレー半島のマラッカを占領し香料貿易の拠点としたその香料はモルッカ諸島にあったわけであるがマラッカとモルッカと名前が似ているので混同していたが、モルッカ諸島はKepulauan Malukuとあり、何のことはない昔マルク州と言われた地域の島々である。英語でMoluccaと訛ったのだろう。
香料はニクヅクと丁子に代表され、スラウエシとニューギニアの間のこのモルッカ諸島が特産地でモルッカ諸島は香料諸島といわれる。丁子は丁香、クローブとも言われCengkehやKretekといえば直ぐ解かる。これはマルク諸島の北の北マルク諸島(テルナテ島、チドレ島、ハルマヘラ島)の特産品である。現在の行政区では北マルク。州都はSofifi、北マルクは旧マルク州から1999年に分離した州で計画上の州都はTidoreのSofifiで実質的にはTernate島のTernateであったが2007年インフラも整い遷都したはずである。ニクズクはアンボンを州都とする中央マルク諸島の特産品である。
マルクは1512年ポルトガルが来航以来、スペインとの争奪戦、1599年にはオランダがやって来てポルトガルを駆逐、イギリスもアンボイナ事件で放逐、一時イギリスにパンダを奪われたこともあるがずっとオランダの占領地であったという歴史からオランダ植民軍の兵士としてオランダ植民地政府に忠誠を尽くすものが多く、インドネシア独立に際しても1950年マルク共和国を樹立し新政府に叛旗を翻した。反乱軍は多くオランダに亡命し、オランダで一時事件を起こしたこともあるがスハルト時代は押えられてきた。スハルト崩壊の1998年以来、分離派が絡むテロ事件が続いている。

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インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。モルッカ諸島とチョウジで検索してここへやってきました。ジャカルタはシンガポールに住んでいたころ、行きたかった町のひとつですが、結局かなわず、残念に思っていることのひとつになっています。私のブログでこちらのページを紹介させて頂いています。一言ご挨拶をと思い、コメントさせていただきました。ありがとうございました。

投稿: TOM | 2007年11月 3日 (土) 11時11分

有難う御座います。
アンボンの騒動以来怖いところになったわけですが
怖くなくても一寸決断がいります。
TOMさんのブログはどうアクセスするのですか

投稿: jakartan | 2007年11月 5日 (月) 21時23分

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