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2007年4月25日 (水)

第三次ジャワ継承戦争とマタラムの分割

4月6日のVan Imhoff総督の言葉が引き金になった第三次ジャワ継承戦争はマタラム王の兄弟の確執から王家が3分割された戦争である。
マタラムのススフナン パクブオノIIは弟マンクブーミーと不和であったが1947年イムホフがクラトン訪問時マンクブーミーを叱責し兄に従うよう多くの面前で譴責した為マンクブーミーは席を蹴り兵を募った。 同地では不平を持つ甥のマスサイドも盗賊団として荒らしていたがマンクブーミーと連合しススフナンーVOCに叛旗を翻した。 戦争は一進一退の中パクブオノIIは将来息子を案じたのか王家の領土をVOCに差出し自身は1949年に病死してしまう。処置に困ったVOCはパクブオノIIの息子に領土を返しパクブオノIIIとしたが、このVOC傀儡には王族も反対、戦争はVOCに不利に推移した。その前にマンクブーミーはススフナンを号し即位しており、これはマスサイドに不快感を与え両者が対立を深めていたのに乗じ、1755年VOCは和解を申し出マンクブーミーに領土の半分を差し出しスルタンの称号も許した。すなわちマンクブーミーはジョグジャに王宮を開きハマンクブオノ1世となった。甥のマスサイドは更に不服として抵抗したため1757年VOCはススフナンの一部を割譲、パンゲランマンクヌガラI世としてマンクヌガラ家を分家せしめた。この戦争でマタラム家は3分割され結果として夫々がVOCの権利を認めることとなった。

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