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2007年5月 7日 (月)

列国議会同盟会議はジャカルタで早2回も

バリで行われていた列国議会同盟はイラクから外国軍が撤退する決議を以って終了した。
この決議は「テロリズムはその根源と原因、クロスボーダー資金調達含め国際協力で征服」と題され、インドネシアがインド、イランと共に提案された緊急事項として外国軍隊が撤退すべきとしている。同時に行われていたエジプトでのイラク関係国閣僚会議の報道、此方も成果はないがそれに隠れて列国議会同盟の報道は読売日刊では見つからなかった。 イラク問題は期待はしないが自信のあるインドネシアなどイスラム国のお手並み拝見してみたい。この列国議会会議なるものはその歴史に比べると知名度は低い。正式にはInter-Parliamentary Union(IPU)と言われ1889年に設立された世界の議会による国際組織。本部はジュネーブ(スイス)。各国の議員の対話の中心として、世界の平和と協力及び議会制民主主義の確立のために活動している。147ケ国と7地域がメンバーとなっており、会議は最近は年2回で、春の会議は各国持ち回りである。
創設したのはイギリスとフランスの議員二人で1927年までは彼らヨーロッパ出身議長は8人もノーベル平和賞を貰っているがその後はぱったりである。会議の場所が欧州を離れたのは1934年トルコ、アジアに来たのが1956年バンコク、東京は1960年と1974年でもう30年もお呼びでない?ソウルは1983年と1997年、インドネシアは今回の116回目の会議と2000年の会議と2回あり、不思議なことに北朝鮮が1991年で、中国は1996年、ロシアは1998年である。どうでも良い事かも知れないが。。

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