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2007年6月 6日 (水)

Arief Rachman Hakimを悼む

ホテル アルヤドゥタの前の、グヌン・アグン書店からメンテン方向に入ってくる400メートルほどの短い道路はArief Rachman Hakim通りと名付けられている。この名前の人は誰なのか、長く探していたのであるが、一昨日JJCの図書館で一その端を見つけた。
彼は9月30日事件の後スカルノ大統領の最後の足掻きの組閣に憤った学生運動のリーダーの一人で、スカルノ政体の交代を要求したデモで警察の銃に斃れたインドネシア大学医学部の学生である。この死を悼んで詩を読み上げたのが学友で女流詩人となったイスマ・サウイトリである。詩を紹介すると;
「サレンバでの第1年目から 彼は私の友達だった。
「十二人の兄弟のうちの一人 北部カリマンタンへの医者の候補生であった。
「当直勤務の時間が来ても かれは一緒に巡回しない。
「なんと淋しく思われるこの廊下 以前の患者は尋ねるに違いない。

「彼は私の友達 いまや横たわりもの云わぬ
「弾丸に奪われてしまった最初の真心 おぉ神よ 貴方の掟はなんと重いのでしょう

「彼は私の友達 神よただ私たち皆の心を強めたまえ
「神よただ 彼らの上にその真心を読み取らせたまえ
以上 舟知恵氏の訳を引用した。その後スハルト体制崩壊劇で倒れた学生は多いが新しく作られた道はないのでどこかの道を幾つかに分けるしかない。

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