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2007年6月30日 (土)

大航海時代のヌサンタラの船

バハリ海洋博物館にコラコラ船が展示してある。タマタマ「香料諸島綺談(マングン・ウイジャヤ作、舟知恵氏訳)を捲っていたら当時は島ごとに得意な船があったようでこのコラコラはテルナテ島、テルナテが戦ったチドーレ島はガリー船、ハルマヘラはオ・ゴティ船を呼ばれる船を持っていた。他に西洋の戦艦の間に随送する船舟に大型軍船ジャアンガ、運搬船ラカフヌウ、2層甲板船オレンバイ、小型快速船ランチャウランチャウなども登場する。このBataviaship
16世紀の西洋の戦艦はガレオン船と呼ばれる。ガレオンの特徴は船首楼より高い船尾楼を持ち従来のキャラック船より船体が長く大量の大砲を積むことが出来たとある。展示されたコラコラ船はサンパン・プラフの類の彩色くり舟で帆はあっても櫓で漕ぐものであるが時代が下るとコラコラ船も大型化する。
これは東南アジア一般でアユタヤ、アチェ、バンテン、ジョホール、ブルネイ、マカッサルの王が西洋に対抗して作った大型の武装ガレー船である。バンテンのガレーは下部甲板に4門、マカッサルのコラコラは船楼部に7門、またマドゥラ島の大型ガレーは最大200人の兵員を乗せていたが、オールの数が少なく、大砲は2門だけであった……コラコラは、漕ぎ手を100人、青銅製の砲4、5門を乗せ……砲1門に3人がつき、1人は照準、1人は装薬、1人は発射に当たっていたとアンソニー・リード氏の著作にあるそうである。

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