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2007年8月 7日 (火)

Prof. Dr. Saharjo通りのサハルジョとは

突然ではあるがパンチョランの塔通称7UPの大彫像のサークルの北側にProf.Supomo通りがあるが更にその道を北に取るとProf. Dr.Saharjo通りとなる。この通りはどう見ても一つの通りであるが途中のBalai Sudirmanの辺りで名前を変えているようだ。そこから北がサハルジョ通りで北の端はパサラヤ・マンガライである。但しパサラヤ・マンガライ辺りの道は逆の一方通行となる不思議な道である。何故ここがサハルジョ通りなのか彼の経歴からは判らない。彼は1909年ソロ生まれである。SHを取得後、インドネシア大学の名誉博士号を得、独立後は政府の重要な部署を経て国務省の副大臣を務めている。 法学の分野では新しい選挙法や旧オランダ法令のインドネシアとしての多くの法律の整備に尽くした。1963年亡くなった年に独立英雄(Pahlawan Kemerdekaan)に叙せられた。

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