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2007年10月 1日 (月)

ジャカルタ道路網・バスウエーの南北線

Bas_015
ジャカルタの中央を横切るスカルノハッタ行きの高速を南北に横切る通りは①スディルマン通りが代表で、このスディルマン通りと黄金の三角形といわれる形を構成するのが②Rasuna Said通り(マンパンより更に南にはマンパンプラパタン通り)、更にブカシ方向に探していくと③パンチョランの通称7UPの塔の辺りのProf.Supomo通り(更に南にはパッサールミング通り)となる。又チャワンの一寸手前の④OTISTA通り(更に南へはDewi Sartika通り)、一方⑤エスパルマンの方に目をやると、スリッピから南に下っていくグローラ通りがジャカルタ一長いその名もパンジャン通りと合流しTeuk Nyak Arif通りとなりクバヨランラマからポンドクインダー迄をSultan Iskandar Muda通りと名前を変えて繋がっていく通りがある。以上少し複雑であるが、全て人物名のこの①から⑤のたった5本の線が全てであり、それしかないからメーンのスディルマン通りが渋滞するはずである。
バスレーンで見ると1号のKota-B-M (これはファトマワティまで伸びねば意味ないが)、6号(RasunaSaid-Ragnan)、5号・7号(Ancol-Ranbutan)、又現在反対運動が激しい8号線(Pndok Indah-Harmoni)や14号線(Leabak Blus-Kebayoran Lama)が開通してやっと5つになるので此方も未だ淋しい感じがする。
写真はシシンガマンガラジャ通り

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