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2007年11月 3日 (土)

プンチャク・シラットの歴史

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プンチャック・シラットとは、インドネシアの伝統的武道で精神性を高め素手・素足戦うものであるが1,000年の歴史があるとされるがその歴史を伝えるものはない。1,000年と言えばクデリ朝の時代でダルマワンサ王のスリウイジャヤとの戦い、アイルランガ王の再統一の時代であり、多分に魔術を秘めた、部族毎に編み出された戦闘技であったに違いない。
その時代からイスラムの神秘主義的スーフィズムが入っており、その影響もあったであろうがイスラムの影響は15世紀にかけてである。中国人が上陸したチレボン、スマラン、スラバヤには中国拳法のKuntao(拳道:無駄な動きを廃する実戦力)が持ち込まれ1740年の中国人虐殺事件以降、バタビアでシラットに融合した。又1808年の北ジャワ道路建設では各地から多くのクーリーが移住してきて彼らの間で各地の保身術が紹介されこの交じり合いの形で新しいジャワスタイルのプンチャク・シラットが生まれた。 強制栽培時代には年間66日間の労役を提供させられた人々も多く彼らの労役の監視にシラットを身につけたが者が雇用された。彼らは土着の女性と結婚しその地かの地でプンチャクの技術・流派を残した。彼らのシラットはドラムやゴング、トランペットを使用する音楽を演奏させたという。各地・時代により色々流儀と歴史があったのであろうが、国際的組織もあることから国際ルールのガイダンスもあるのであろう。写真はPadepokanの中の像。

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