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2007年12月30日 (日)

Gelora Bung Karnoの“Rama”像

Senayan_rama_nov_019
スナヤンのスポーツ競技場はスカルノ大統領がアジア競技会のため建設したことをちなんで愛称の Bung Karnoの名前が付いている。その前のGeloraと言うのはGelanggang Olahraga:競技場:の略である。この競技場のアジア・アフリカ通りの正門の左右の塔の上で弓を引いている武者像があり、更にズンズン入って行くとスタデイアムの正面直ぐ下にも弓を引く武者像がある。多分これはラーマーヤナに出てくるラーマ王子と思われる。
調べてみると彫像家Drs. Pius Prio Wibowoがここに1998年と2005年にラーマ王像を作っているのでそれかもしれないが2005年はリノベーションとの事ゆえ二つともそうかどうかは不確かである。ラーマ王子の物語を簡単に纏めると、弟バラタ王子に王位を譲ることになり宮殿を離れたが、時代は羅刹の時代で世界は苦境にあった。ラーマ王子も色々な妨害に合い、妻のシータを南海に誘拐されたが、最後は鳥やハヌマーン猿たちの応援で取り返し王位に付くことが出来た。しかし囚われ時のシータの貞節を疑った為、シータは地に身を投げ打ち、ラーマ王は後悔しながら世を去ることになる。余りスポーツとは関係ないようだが。。

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