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2008年1月 1日 (火)

鄭成功とCoyett総督

12月22日のブログのCoyett Houseに登場した国姓爺であるが彼は本名、鄭成功で「反清復明」を掲げて清朝に抗した明の漢民族の将軍で台湾の英雄とされている。奉じた唐王より国姓である李氏を賜った為国姓爺と愛称される。母は日本人であった為、近松門左衛門が歌舞伎の「国姓爺合戦」を書いた。
鄭成功(Zhèng Chénggōng、1624年 - 1662年)は、海の貿易軍団の首領鄭芝竜を父として、平戸で生まれる。 1644年清の李自成により明が滅亡したが鄭一族は唐王末裔を奉じ清と戦った。北伐に向かった鄭成功軍は17.5万で軍規厳しい軍であったが台風等も味方せず、南京では大敗を喫した。台湾を拠点とするため1662年当時台湾を統治していたオランダ軍をそのゼーランディア城を攻めオランダを追放し、鄭氏政権を打ち立てた。本人は同年亡くなり、政権も3代で終わっている。時の台湾12代総督がCoyett Houseを作ったCoyettの祖父Frederick Coyet(Coyett)である。Pasar_barusep07_salemba_kopi_053
ジャカルタ・パッサールバルーの小さな通りのお寺から台湾、南京、平戸と大きな時代の舞台があったことに驚く。

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