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2008年1月19日 (土)

Djoko Santoso,インドネシア人の風格

少し旧くなり恐縮ながら昨年末国軍司令官になったDjoko Santoso陸軍大将は、温厚(kalem)で品があり(luwes)知的な(intelijen)な方のようである。ロープロファイルで誰ともにこやかな将校であるが職務・性癖は完全主義者である。 2年の陸軍参謀長KASAD から、空軍大将(Marsekal) Djoko Suyantoの後の国軍司令官Panglima TNIにユドヨノ大統領によりに抜擢された。1952年生まれ、1975年AKABRI卒である。ユドヨノ大統領に近く、人権蹂躙、軍ビジネスに縁がなくクリーンで通っている。1990年Seskoad陸軍大学卒業後は国防、情報部門が長くニュースにさらされてない。その後はデポネゴロ師団、KOSTRAD部門長、パッティムラ師団(マルク担当)長、ジャヤ師団(ジャカルタ担当)司令官を歴任している。2003年のジャヤ師団長就任式にはTry Sutrisno,、Surjadi Soedirdja、Wiranto、Sutiyoso、Djadja Suparman.、Prabowo Subianto とそうそうたる面々が顔を揃えていた。

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» 雑学 大統領のサイン [雑学博士になりたいっ!!,Djoko Santoso]
アメリカの大統領が法案や条約などでサインをするとき、ペンを何度も取り替えてサインします。これは、記念品としてのこすため。アメリカにはなんでも記念品として残す文化があり、条約の相手国や関係者に配ったり、博物館に寄贈するために何度もペンを取り替えてたくさんのペンを使うのです。... [続きを読む]

受信: 2008年1月19日 (土) 14時48分

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