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2008年1月28日 (月)

Pak Harto逝く

のんびりBung Hattaの墓について書いた27日、丁度ゴルフをやっている時間13:10に3週間の闘病の末Pak Hartoは亡くなった。今日の朝7時半頃のアパートの前のラスナサイト通りはハリム空港に向かう遺体のスハルトにSelamat Jalan Pak Hartoと別れを惜しむ市民がどっと道に出ていた。昨日の死亡発表時長女Tututがスハルトの幾多の失政をお詫びし、神が迎えてくれることを祈ると語っていたが、今日の国民は本来のインドネシア人に戻ったようにやさしそうな顔をしている。ハリムから空路でソロの埋葬地Astana Giri Bangun Karanganyarに運ばれSBY大統領の下、最後の別れが営まれる。 ブルネイ、チモール、シンガポール、豪州、クウエートの元首達が参列する。テレビが今12時最後の埋葬の合図銃声一発とラッパが鳴り響いた。夕べに白骨のたとえの通り死の確実さをひしと感じる1日であった。

お通夜はCendanaの自宅で行われ多くの人がお悔やみをTututに述べていたが息子3人の姿はなくTututの側で二人でお悔やみを受けていたのは次女だったのか、或いはバンバンと別れたハリマだったのか

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