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2008年1月11日 (金)

Prapatanの全国手工芸協議会

Badankerajinan
アルヤドゥタ・ホテルの裏側はチリウン川が流れその前の道はパッサール・スネンに向かう道がプラパタン通りでありメンテン通りに向かう道が65年オルデバルを求めるデモで亡くなった学生の名前のArif Rahman Hakim通りである。そのチリウン川に掛かる橋プラパタン橋の横に一寸旧そうな建物がある。隣は海兵隊の司令本部の施設がある。奥の方にも建物が幾つかあるが河よりの建物がオランダ時代のものである。この建物は1860年から1870年代にかけて流行ったオランダ人エリートの好みの様式である。
一階建ての白亜の建物で前面は双つの円柱が立つ広いベランダを持つ。今でもこの特色は残されているが独立後はハメンクブオノ9世(国防省)の事務所として使われた。最近まで全国手工芸協議会の施設であった。10年前行った時は奥の建物はびっしり手工芸品が展示・即売していたが昨年行った時は全部どこかに移転しており、単なる政府保有の儀典施設になった模様。この程度のオランダ建物は沢山あり、維持費用も大変である。

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