St.Ursula女学院と教育モットー

1月5日のブログのSancta Ursulaの続きであるが、この裏手はチリウン川に沿って走るポス通りに正面玄関を持つウルスラ女学校である。女学校の校舎とその付属施設のSancta Ursulaの建物が正面と裏で或いは北と南で二つの大通りに面しているのである。聖ウルスラはパウロVI法王が1969年に聖ウルスラはフリクションとして列伝から削除されたがそれまでは大きな活動をしてきた。一つはイタリアで貧しい少女への慈善教育活動を行って「聖ウルスラ修道会」で1535年に創設された。創設のアンジェラは後1809年に聖アンジェラと列せられた。ポーランド出身のウルシュラ・レドゥホフスカヤは、20世紀初頭に聖ウルスラ修道会の修道女として活躍した人物であるが、2003年に教皇ヨハネ・パウロ2世によって列聖され、聖人となっている。聖ウルスラが二人いる話となる。この宗派は1857年にバタビア(Nordwjik)に進出し2年後ここにこの学校を創設したものである。当時はKleine Klooster(小さい修道院)と呼ばれた。
写真は正門からの物であるが、オリジナルは屋根の形と黒い円柱の奥の円柱4本だけで右・左に拡張されている。又1990年にはセルポンにもUrsula女学校を設置している。モットーはSERVIAM = AKU MENGABDI.奉仕という事で日本の聖ウルスラ学院(共学)では「神に愛され、人を愛し、自らに与えられた生命を生き抜いていく人間」へと育てる「カトリック教育」の理念をもっているそうである。
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