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2008年2月 7日 (木)

ボゴール植物園の開設

Bogor_07_075
12月20日のブログで一部紹介した、日本出島の商館長でもあったファンデル・カペルレン総督(1820年~1826年)は、学術に力を入れた他は保守主義の男で欧州人の入植者が政庁の競争相手となることからその基盤たる借地を禁止した為土侯(土地を貸す)、土人(耕し働く)にも不評を買った。学術に力を入れたとは欧州人の初等教育制度を作り上げたことと、それを補佐したドイツ人ラインワルト(Reinwardt)を重用し、ボゴール植物を開設せしめたことである。ボゴール宮殿を愛したラッフルズがボゴール植物園を造ったが公式にはこのラインワルトが開設したとして、ドイツによる記念碑が建っている。 後任のDu Bus総督については1月7日のブログで記述している。
写真はボゴール宮殿正面。

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