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2008年3月28日 (金)

Jayawikarta皇子とJoko Santosoジャヤ師団長

Hjayawikarta_kaum_2008_mar_043
バンテンがスンダクラパを落としジャヤカルタと名前を変えた当時、この地を治めたのがバンテン王国の流れのジャヤウィカルタまたはウイージャヤカルタ一族である。
このジャヤウィカルタの墓があるというので出かけてみたわけであるが場所はジャティネガラ・カウムとジャティネガラの名前がついているが軍事基地であったジャティネガラからは離れてプロガドンの方角にある。そこのモスクにあるはずだと運転手がモスクのなかをズンズン進むので小生も連れられ奥に進むと先ず、超巨木ブリンギンの木の根元にジャヤウィカルタの碑があった。更に奥にはお墓もあるようであるがKyai二人が熱心に拝んでいたので入るのはここまでであった。裏手はスンター河が流れているが河幅数メートル故防御線になるようなものではない。この碑は現在の国軍司令官Joko Satosoがジャヤ師団長・中将のときの2003年に建立しているあたらしいもので碑文には「ジャヤカルタ皇子のインドネシア民族に示した、侵略者追放での勝利と献身を忘れぬ為」と記されている。
Djoko Susanto 1952年ソロ生まれ、1975年Akabri卒、知的・温厚・完全主義、クリーンでユドヨノ大統領に近い。1990年Seskoad陸軍大学卒業後は国防、情報部門が長くニュースにさらされてない。その後はデポネゴロ師団(ジャワ中部担当)、KOSTRAD部門長、パッティムラ師団(マルク担当)長、ジャヤ師団(ジャカルタ担当)司令官を歴任し、陸軍参謀長から国軍司令官(Panglima TNI)へ。

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