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2008年3月25日 (火)

タンジュンプリオク線は死んでいる

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タンジュンプリオク港が開港したのは1886 年だったが、その頃からタンジュンプリオクはバタビアの玄関となった。オランダから豪華客船が着港し賑わっている埠頭の絵を見ることがある。その後、鉄道も敷設されコタ駅とつながっているが、2日前の日曜に出かけたとき鉄道線を探したが所々線路が見えるものの路線上に小屋建っていたり、子供の遊び場になっていたりで使用されているようには見えなかった。タンジュンプリオクの鉄道駅舎はオランダ時代の建物でこれも既に大分前から使用されておらず商店や私営スクールなどが入居・営業している。横をずっと回るとこの駅の大きさがわかる。裏にはその後建て増しされた巨大な駅があり、たむろする男に聞くとある時間帯には走ることもあるという。コタータンジュンプリオクの他にタンジュンプリオクークマヨラン(アンチョール)線があるのでそちらを走るのであろう。ここも写真は非常に撮りずらいが後ろの緑っぽい屋根の建物が新館(新館と言っても覗くと薄暗く蜘蛛の巣が掛かっているような気配)らしい。


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