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2008年3月27日 (木)

ジャカルタ攻略地ジャティネガラ・カウム

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1619年にオランダに蹂躙されて以来バタビアと改称されたがその前はヒンドゥーのパジャジャラン国のスンダクラパがイスラムのデマグ・バンテン連合に破れジャヤカルタであった。従い当時ここを支配していたのはバンテン王国のジャヤウィカルタ一族であり、彼らはオランダに駆逐された後もジャカルタの郊外に移り住み抵抗や妨害を続けていた。その地がプロガドゥンのジャティネガラ・カウム地区である。理屈をつける人はJatinegaraチークの国をNegara sejati真実の国と読む。Kaumとは外部の部族、一族、モスク管理者の意味がある。そのJL.Jatinegara Kaumを進むと左手の大きな木のあるモスクがありそれがMesdjid As-shalafiahである。このメスジッドがジャヤウイカルタ一族が植民した土地である。今日はそのモスク(名前が見えない)と中の大きなブリンギンの木の写真を貼り付けた。

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