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2008年4月 1日 (火)

Anglican Churchと蘭英の戦い

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Hyatt Hotel Aryadutaの真向かい、森があり入り口が小さく引っ込んでいるのでなかなかわかりずらいがここにAnglican Chaurchがあり1829年以来ロンドンの宣教協会がここ中国人への布教の拠点となってきた教会である。オリジナルは玄関、聖壇、聖所(Chancel、sanctuary)にのみ残っているそうであるがここに二つの英国人の墓がある。一つは壁にはめ込まれているがJames Bowerと言う人で国王軍フェニックス号の船長で1812年Sambasseでの海賊との戦いが元での病気でなくなったと記されている。後一つは裏庭の墓地にあるWilliam Campbellと言う人の墓でこの人は1811年コルネリス(今のジャティネガラ)での英仏守備軍への攻撃戦でなくなった人である。オランダと英国の戦いは1619年のJ.Pクーンとのジャカルタ大海戦、1684年バンテンの内紛に乗じたオランダとの戦い、1811年のAmuel Auchmuty将軍のチリンチン上陸―ジャティネガラ勝利戦―>ラッフルズの時代の3回ある。イギリスが残したものは車の左通行である。写真は阿部さんのものを一つお借りした。

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