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2008年4月 7日 (月)

マルンダのKapten Jonker

17世紀の終わりにかけてインド・セイロン・マカッサル・スマトラ・バンテンでVOCのために戦い又一時マタラムのススフナン・アマンクラット2世のボディガードもやったCaptain Jonkerはその功績でマルンダの地を与えられた。歴史に残る最大の功績は1679年にジャワで暴れたトルノージョヨをトルートの山(アンジャスマラ山の近く)に追い詰め降伏せしめたことである。アマンクラット2世はVOCのスペールマンと条約を結びVOCの応援を依頼したもので、ヨンケルはスペールマン軍の隊長であった。アンボン出身者である彼はアンボニーズの入植者と共にマルンダにの地に住んだが、1681年に蘭印協議会のメンバーのDeSt.Martinの裏切りで殺されている。 この頃はJonkerはオランダへの反乱を企てたのだろうか。Jatinegara Kaumの解説で一寸顔をだす。
Tuguの近くのカンプン・マンガにSumur Jonkeran と言う聖なる井戸があったというが今は何の気配もない。

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