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2008年4月 5日 (土)

Luar Batangの最古のモスク

Ketapan_luar_batan_jatinegara_046
スンダクラパの昔のパッサールイカンの一つ入り江の向うの村がLuar Batangである。ここにSayid Husseinの墓があり、多くの人が各地から参詣にきているが、かれはムハマッドの子孫で高名なSayid Hussein bin Abubakar bin Ardullah bin al Aydrusと言う人でジャワ島の北海岸の諸都市に布教をおこなった。彼は1756年(or 1798年説)に死亡、Mesjidの外側に葬られたが、後にこのモスクが拡張され1827年には内部になったという。この教会自体は1739年に建立されたというのでインドネシアでは一番旧いモスクになる。ここに参詣に来た人は小銭をポケットにわんさと準備し、帰り際に密集する子供達を押しのける為この小銭をなげる。空中高く飛ばされた小銭に飛びつき地面を転げるコインを追っかけ集団が埃を立てて取り合う様はひどいものである。
小生も出てきたときしつこく付き纏われ、車の窓から投げたが何時までも追っかけられたこの執念には度肝を抜かれたことだった。

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