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2008年5月 8日 (木)

Berlageのスラバヤの建物

1910_jembatanmerah
スラバヤ旧WillemskadeのNillmijの続編:旧Willemskadeはオランダ時代の建物が並んだ通りであるがNillmijの隣が同業のAlgemeene Maatschappij van Levensverzekering en Lijfrenteという会社が建てた建物である。現在の通りで言えばJl. Jembatan Merah No.21である。この建物は近代オランダ建築の父と言われるHendrik Petrus Berlage (1856-1934)のデザインで1901年の建設で今は、PT.Aperdi所有の看板が立てられており、殆ど朽ちつつある。Algemeene生保年金会社は政庁の政策変更もあり、1921年には破産している。
アールヌーボー様式で2階建てで正面に3つの玄関をもちオープンギャラリーでネオローマン・アークで縁取りされている。このネオローマン・アークはスマランのNetherlandsche Indische Spoorweg Maatschappij (1907) にも使われている。
裸のレンガを背負った玄関と2階の部分のアーク状の窓は彼の特徴でもある。壁と空間が作るシンプルな様式はオランダのZakelijkheid派の構造原理である。
中央玄関の上に1880年J.Toorop-Rozenburg作のバイブルからのある物語の絵のポルセランが飾られ、又玄関階段のbalustrade(欄干)の横にエバンゲリストのSt.Markの平和の象徴或いはベニスのシンボルでもある羽を持つライオン像が置かれている。
近代オランダ建築の特徴をいえば、合理性(ムダを省く)、幾何学駆使と言える。
写真は100年前ジュンバタンメラーは紙から見たWillemskadeで、屋根にAlgemeeneの看板が立っているのが件の建物である。向かって左がNillmijでこれは写真には見えないが、右の角地にあるより大きな建物は何なのか、今もあるのかこれは行って見ないと解らない。

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