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2008年5月25日 (日)

De Kock大将は3度顔を出す

歴史書などで3度も名前が出てきたのでここで纏めておくとデ・コック大将はダーンデスル総督の時代に陸海軍編成のためにボイスケス少将と共に協力したことがあるがこの時代は1809年ごろで大佐であった。1825年デポネゴロ戦争のときは大将に昇進しており、征服した地にベンテン(砦)をきずきその点と他の点を結び征服地を拡大していくベンテン戦法を編み出した。この戦争は多額の戦費を必要とし総督デ・ビュス・デ・ヒシニースは反対であったが副総督でも合ったコック大将は本国から3,000の兵も得てデポネゴロ戦を平定できた。又ジャカルタの大伽藍の場所はデ・コック大将の邸宅であったが、デ・ビュス総督の依頼によりこれを売却したとある。
ベンテン戦法は1890年代後に総督ともなるヴァン・ヒュースの簡易誓約書に取って代わられる。

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