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2008年5月27日 (火)

スカルノの独立記念演説

スカルノは若い時代よりその弁舌で多くの信奉者を得てリーダーとして伸してきた。独立戦争期、議会制民主主義の時代は表舞台から少し外れていた感があるが国内治安、地方の反乱以降生来の文学才能を発揮して独立宣言では美辞麗句をつらねて国民を煽ってきた。
1958年 挑戦の年
1959年 我が革命の再発見
1960年 天使が空から攻撃するように(我が革命の展開)
アンペラ(Amanat Penderitaan Rakyat):国民の苦悩の声
1961年 Re(solusi)So(sialisme)Pim(Pimpin)革命・社会主義・民族指導、
       インドネシア民族は今RIL:革命(R)・イデオロギー(I)・リーダー(L)を持った。
1962年  オランダに対する勝利の年宣言 (西イリアン)
1963年  インドネシア革命の鐘がなる 
1964年 Tavip: 危機を生き抜く タフン・ヴィブレ・ペリコローソ
1965年   昏倒治療中?
1966年   歴史を離脱するな
独立宣言記念演説以外にもナサコム・マニポル・ウズデックなどのスローガンを多用しバランス感覚を失ったのであろうか

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