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2008年5月16日 (金)

パクブオノ通りのレジデンス

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クバヨランバルの入り口に立つ青年の像の左側からクバヨラン地区を大きく包み込むように回り込むのがPakubuwono VI通りで、その通りはクバヨラン・ラマに向かう地点で Kyai Maja通りにぶつかる。パクブオノ6世は1823年から1830年のススフナン・パクブオノ家の王でディポネゴロ戦争(ジャワ戦争)の後オランダの侵略にはむかった英雄の一人として扱われる。ジャワ戦争の後の政庁との条約で領地の割譲を不満として隠棲したが、政庁は第二の反乱を恐れ彼をアンボンに追放し、そこで亡くなっている。Pangeran Bangun Tapaとも呼ばれる。この通りは上りと下りの一つの車線がどちらも一方通行でそれがぶつかる(両方がそれるが)所に豪華マンション パクブオノ・レジデンスがある。スナヤン・シティ開発のポドモログループの開発で建設は日本大手であるが日本人には人気がないようだ。

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