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2008年6月11日 (水)

Bank EXIMの最初と最後

Kota_2008_mar_052
国有商業銀行の一つにBank Eximが有ったが現在はBank Mandiriに合併されて最早ない。Bank EXIMの本社があった所はコタ駅の正面で現在Museum Mandiriとなっている。
生まれの歴史は文献が錯綜しているのでその集大成をやってみた。
歴史を辿ると旧く1824年設立のN.V.Nederlansche Handels Maatschappij(NHM)である。
オランダ本国がフランスの支配から独立し、1824年イギリスからも東インドの還付をうけるやVOCの再興を夢見たアムステルダムの商人数名と国王ウイルヘルムIの後援も受けてこの貿易会社を設立したのである。会社自体は綿織物工業を持つイギリスに太刀打ちできなかったが1830年代の強制栽培制度から独占的に砂糖などの作物の輸送に当たることが出来てからは大きく立ち直った。この会社が農夫等への融資など銀行部門をおこなうのが1870年からかも知れない。1942年日本占領時は閉鎖され、日本降伏後は再開したが1960年イ政府に国有化された。国有化後農漁夫組合銀行(BKTP)となり引き続き輸出金融も手がけていたが、1965年の国有銀行集約化政策でBank Negara Indonesia Unit IIとなったが、1968年にこの各UNITが分離され Unit IIはBank Ekspor Impor Indonesia (Bank Exim)となったものである。尚現在の建物自体は1933年完成のものである。

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