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2008年6月18日 (水)

Kapten Jonkerの最後

Marunda_river_024
4月7日のブログでマルンダのヨンケルを紹介したが、アンボン出身の彼はVOC側の隊長でスペールマン(のち総督)の下でクタ少佐やSt.Martinと共にトルノージョヨの乱(1674年~1680?年)を、又バンタンの内紛(1680年~1683年)で戦果を上げた仲間であった。その後スーラパチの乱も起こった時代にジャワ全島で回教徒の反欧州人運動が起こった。首謀者はスマトラの狂信者で自ら艦隊を持っていたほどであるがこの艦隊は1686 年にオランダのKrijn Dee Rondeの艦隊に撃破された。この運動は止まず1689年にはヨンケルもこの運動に参加していた。St. Martinの裏切りや会社の不当な取り扱いが彼を反オランダに走らせていたのであるが彼もバタビア付近で殺された。(前のブログでは死亡年は1681年としていたが。。。)


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