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2008年6月 8日 (日)

Mesjid Tamboraの謎

Mesdjid_tambora
グロドック、タンボーラ地区を臭いKali Cidenに添って仕方なく南下するとき、ふと古いモスクがあった。何しろこの正面の道は幅3メートル程度の一方通行で後ろからも車が連なっているので少し離れてやっと写真に収めることが出来たが、出来栄えはこの通りである。ノンムスリムはアクセス不可とあるので仕方がない。このモスクは建築に中国人モスリムの香りがする。現在の建物は建て直されているが、元々は1767年にマカッサールの
Haji Mustoyib Ki Daengが立てたものである。彼はマカッサールからスンバワのタンボーラ山麓に移りVOCに反抗していたもののようで、VOCに逮捕されバタビアで刑を受け釈放後このモスクを建てたとある。柱のタイルはブルーダッチタイルで当時金持ちにはもてはやされたが、これに男と動物の絵の描写があり、それはイスラムには禁じられているものだとのこと。初めて聞く話であるが。。

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