« NillmijとKoloniale Bankの怪 | トップページ | Binus大学のNippon Club  »

2008年7月 9日 (水)

MOOJEN, バリ・メンテンの恩人

Boplo
ブログでも何度もでたMoojen,PIETER ADRIAAN JACOBUSモーエン(4/30’08 スラバヤNillmijのGrandeur, 5/13’07バリ植民地博覧会、5/9’07 バタビアKusntkriegs)であるがブログMy Odysseyに伝記があったので紹介しておく。My OdysseyはMy Linkに登場願った。
1879:オランダ・ゼーランド州に生まれる:
1890年代 ベルギーのアントワープで建築や絵画を学ぶ
1903年:蘭印に渡る
1904年:バンドンのKunstkringを設計
1905年:スラバヤのNillmijを設計
1908年―14年:バタビアの議員、技術委員会会長
1909年:バタビア・ノルトワイクのNillmijを設計
1910年:バタビアのBoplo(NV Bouwploeg)を設計、初期メンテン(Nieuw-Gondangdia)の年設計
1912年:メンテン・プロジェクト(tuinstad [garden town])開始1912:
1912・3年:メンテンのKunstkringの建設
1929年:オランダに帰国
1930-31年:Koningspleinの教育省の建物を設計、アントワープとパリでの国際植民博覧会に参加
1955年:死去 写真はメンテンのKunstkring芸術サークル


|

« NillmijとKoloniale Bankの怪 | トップページ | Binus大学のNippon Club  »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: MOOJEN, バリ・メンテンの恩人:

« NillmijとKoloniale Bankの怪 | トップページ | Binus大学のNippon Club  »