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2008年7月 8日 (火)

NillmijとKoloniale Bankの怪

Nillmij_surabaya
Ptpn_x_kolonials_bank
Berlagが設計したアルゲメーネ保険会社Algemeene Maatschappij van Levensverzekering en Lijfrenteは現在もありその隣(左側の隣の隣?)は蘭印保険会社Nederlandsch-Indische Levensverzekering En Lijfrente Maatschappij [NILLMIJ]の建物である。昔の住所で言うとAlgemeeneはWillemskade No.19-22で1901年建設されており、NillmijはWillemskade No.11で1905年建設で当初のオーナーはアムステルダム貯蓄スラバヤ銀行であったが1910年Nillmijが購入したものある。 Nillmijのこの写真では隣との間に道があり角地の如くで更に左に長い建物で写真の奥に鉄塔が見える。正面の横の入り口に“Nederlandsch-Indische” と言う彫り物があり更に“Levensverzekering”とあり次の欄に“Lijfrente Maatschappij”.が彫られているそうだから間違いなくNillmijのものである。Nillmijは国有化され現在のPT. JIWASRAYAになったが建物自体はJiwasrayaのものにならずPT PERKEBUNAN NUSANTARA X(PTPN X) のものになったそうだが一方、現在のPTPN Xの社屋はKoloniale Bankであったという。Koloniale Bankの完成は1928年 Willemskade No.3である。長い建物なので三つの建物が合体したのであろうか。そこにはNillmijの失われた昔日の威光の一部が見えるという。以上色々調べてみたがやはり現地で確かめないとどうなっているのか真実はわからない。写真はMy Odysseyからであるがスラバヤ在住ブログ参加者も料理できていないようだった。

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