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2008年8月 3日 (日)

Nationale Handelsbank の最初と最後

Mandiri Bankのコタ支店はBBDでありその前はNationale Handelsbankであったが、これの前身はNederlandsch-Indische Handelsbank(NHB)である。
1863年Nederlandsch-Indische Handelsbankが設立され、1920年代までにはアジアの各地に支店網を張り巡らした。1950年Nationale Handelsbankと改称し、この頃の国内支店はJava ではBandung、Banjuwangi、Gambir (Weltevreden)、Malang、 Probolinggo、Semarang、Surabaya、Tegal、Cirebon、Pasuruan、Cilacap、Pekalongan がありSumatraでは Jambi、Medan、Palembang、Telok-Betun、ボルネオでは Banjarmasin、Pontianak、Makassar、セレベスでは Manado、Tanjong Balei、Gorontaloがあった。又1953年カナダにMercantile Bank を設立した。
1959年インドネシア国内資産は国有化されBank Umum Negaraとなった。
本体の方の動きはバンコク、香港、シンガポール、東京支店をChase Manhattan Bank.に売却、マーカンタイルバンクはCitibankに売却、最終AMRO Bank(Amsterdam-Rotterdam 現在はANB AMRO)に吸収された。

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