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2008年8月29日 (金)

Nillmij保険はJiwasraya 続

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7月27日のNillmijのジャカルタ本店のブログの続きであるが、このオランダの生命保険会社Nillmijの蘭領インドで最初の保険会社で設立者はC.F.W. Wiggers van Kerchemで彼は蘭領インドで最初の一般銀行を設立し又、ジャワ銀行(De Javasche Bank 1863 – 68)の総裁でもあった。支店はスラバヤ、ジョグジャの他にバンドン、スマラン、メダンにもあった。
Nillmijは1957年下記の8つの保険会社と共に国有化され、た国営保険会社、当時の名前はPT. Pertanggungan Djiwa Dharma Nasional と言う名前で合併させられた。
既に倒産していたアルゲメーネ保険会社の名前はないのでこれは当時の全ての生保会社であろうがNillmijが1859年設立とあるが(上記の名前はリストラ?)他にも会社名から1845年や1879年設立がある。後者は本国での設立年であろう。Nillmijは設立1859年で政庁から年金や税金の徴収の独占権を与えられていたが1883年、政庁の中央集権の地方分散政策で生保も自由化された。自由化後はむしろ保険会社の信用が薄らぎアルゲメーネ保険会社などは倒産していったものである。この合併後のPT. JIWASRAYAに改称されている現在の国営保険会社(写真)である。
バンドン支店はAlun-alunにあったが大モスク建設で破壊されたのであろうか

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