« Rini 国産単車に続き衛星放送事業も | トップページ | 首都の歴史上の建物の崩壊 »

2008年8月 9日 (土)

オランダ香料貿易時代の大帆船

Bataviaship
15世紀の大航海時代から17世紀の香料貿易の時代にかけた帆船による航海は、大きなリスクがあり、その惨状の例はオランダのバタヴィア号に尽きるかもしれない。Mike Dash著の鈴木主税訳の「バタビア号の惨劇」によると、オランダと東インドとの香料貿易は目的地に達せず失敗したのは相当な割合に上り、航海の日数も東インドに到達するのに9ケ月以内なら報奨金が出たというから押して知るべしである。(最短記録は4ケ月もあるが、平均時速は2.5マイル)、1628年就航のバタビア丸は1,200トン長さ160フイート、甲板4層、マスト3本、大砲30門、工費10万ギルダー(艤装のみで10億円か)、往きの積荷は都市・住宅用石材、レンガ及び大量の銀貨である。乗船者340名、食糧等備蓄品数千樽、調理用薪水、生きた豚、弾薬等積み込んだ。距離は1.5万マイルで地球の半周以上を風任せの航海でどよんだ船底、汚泥にまみれ、病害虫と闘い、汚水・腐乱の食事であった水兵たちの生活は地獄としか言いようがない。青い空と海原を行く勇壮な絵画を見ると心躍るが当時はそのようなものであったのであろう。蒸気船が現れるのは1807年である。
写真は関係ないが、「ビジュアルでわかる船と海運のはなし」も参考になる。(拓海広志著 sailing_hellosea@chime.ocn.ne.jp)

|

« Rini 国産単車に続き衛星放送事業も | トップページ | 首都の歴史上の建物の崩壊 »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: オランダ香料貿易時代の大帆船:

« Rini 国産単車に続き衛星放送事業も | トップページ | 首都の歴史上の建物の崩壊 »