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2008年9月 7日 (日)

Bencon中国人カプテンの墓

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Pangeran Jayakartaのポルトガル教会を過ぎて鉄路を越えてしばらく行くと道がゆるく右に曲がるその左側にGang Tarunaという細道があり、その50メートル先に古い中国の墓がある。これはバタビアの最初のカピタンであるSo Beng Kong(Bencon)の墓である。1619年にオランダバタビアを占領するやその地の各部族ごとにまとめ役を任命した。当時はシナ人は城内400名で日本人のカピタンもいた。彼は総督と懇意で各種商売を始め又コインの鋳造もやった。総督の帰国の記念にバタビア市の地図が描かれた金のメダルを贈呈しているが
立派なものである。36年カピタンをやめた後台湾に渡り、台湾で砂糖の栽培や貿易に従事、当時の台湾は総督の一管轄地方になるほどであった。バタビアに戻って1644年に亡くなっている。彼らカピタンは封土と世襲的称号Siaを貰い貴族となったこのチナ プラナカン子孫はジャワ中に多くの土地を占めるようになった。写真はその通りを通り過ぎてしまい、レバラン前の買い物客でアンチョールのモールに抜ける通りは大渋滞、それに巻き込まれたのでUターンしてTaruna通りと思われる所を撮った。 木がこんもりしている付近である。

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