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2008年9月 4日 (木)

Mesjid Raya Bandungの味気なさ 

Bandung_aug08_092
バンドンのランドマークは市中心アルンアルンである。アジアアフリカ通りに面しショッピングや市民の憩いの場所で昔は街娼も散策を楽しんだという。所が行ってみて驚いたのはここに3棟からなる大モスクが建設され巨大な塔が四周を圧し広大な庭は太陽の直射下に無聊をかこっているのである。昔もここに大きなモスクがあったが、それはバンドンの風景に溶け込んでいた。当時の名前はMesjid Agungで現在は「西ジャワ州大バンドンモスク」(Masjid Raya Bandung Provinsi Jawa Barat)と仰々しいのである。それでこの一角に立っていたオランダ時代の建物も破壊されたのかと思ったわけである。最初のモスクはダーンデルス総督がこの地の首都をバンドンに変更させたときに南側のPendopoと共に建設されたので1810年になるがその後数度再建・リノベされていた。この大バンドンモスクは2年と3ケ月の建設期間で2003年6月に公開された。中央ドームの直径30メートル、両隣は25メートルで13,000人収容でき、塔の高さは81メートル(最初の設計は99メートル)である。設計はIAI集団でメディナのナバウィモスクを真似たそうである。アルン・アルンと言う地名も地図には細く薄く書かれており、もう直ぐ人々から忘れ去られるのかもしれない。
味気なさと書いたが夕方のこの写真は雄大である。

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